プロフィール
qianhui
  • 作者:qianhui
  • (略歴)
    2006年4月半ば:悶々としていたわたしは就活をやめた。自分を冷静に見つめなおし、会社のために仕事をするのではなく、自分がやりたいこと、興味があることを仕事にしたいと考えるようになる。

    2006年4月末:資格取得という目標を掲げ、大学と専門学校という「二束の草鞋」生活を始める。

    2006年5月:ひょんなことからある人物を紹介され、いつの間にか大学院を目指すことになる。

    2006年秋:目標だった資格を取得し、大学院への切符も手にする。

    2007年春:大学、専門学校を修了し、大学院生として学校に通いながら、国内の日本語学校で非常勤講師として働き始める。

    2008年2月:インドネシアで働くチャンスをいただき、現在に至る。
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“Tolong”はいつ使う?

例えばお手伝いさんに洗濯を頼む、皿洗いを頼むときなど、「お願いします」に当たるインドネシア語は”Tolong”だと聞いた。そこで私は親戚の人にバイクに一緒に乗せてもらって学校へ行くときも”Tolong”を使った。しかし、その使い方は間違いだったらしい。他の先生の車に乗せてもらって学校から帰ろうとしたときも”Tolong”を使った。しかし、これも間違っていたらしい。どうやら必ずしも”tolong”=「お願いします」というわけではないようだ。
一体どう使い分けるのか。自分なりに考察。
バイクや車に乗せてもらうときは”Tolong”ではなく、”Ikut(=一緒に行きます)”とか、”Maaf ya.(すみませんね)”などを使うとのこと。皿洗いでも車に乗るときでも依頼には変わりないのに。でも自分のために相手にどれだけ手を煩わせているかの度合いで使い分けているのではないかと思う。
つまり、”tolong”は100%自分のためだけに働いてもらう場合で、”ikut”とか”maaf”は相手のしようとしていることに便乗してついでに自分の仕事をしてもらう場合に使うのではないかと。たぶん、そんな感じ。だから「助けて!」というのが”tolong”なのは、100%自分のために、他人に働いてもらわなくちゃならないからじゃないかなぁ。それにしても”maaf”の使い方が詫びだけでなく、日本語の「お手数掛けてすみませんね」みたいにも使うことがおもしろい。

挨拶について(再び)

前にも挨拶について触れたことがあったけど、今回はまた別の視点から挨拶について考えてみた。
【「おはようございます」は朝の挨拶か】
一般的に「おはよう(ございます)」は朝、「こんにちは」は昼、「こんばんは」は夜、人と会ったときに使う挨拶だと考えられている。でも実際はそんな簡単なものではない。
朝、誰かに会ったとき「おはようございます」と言う。これはごく普通のことだ。日本語学習者もこのように習っているはずである。しかし、この挨拶は朝だったらいつでも使えるのだろうか?
例えば、朝同じバスで学校へ行き、授業前に廊下でまた出くわした学生に対して日本人なら何と言うだろう?再び「おはようございます」と言うだろうか。きっと「あ、どうも」などと言って軽く会釈などしてすれ違うだろう。小学生のように授業のときに改めてみんなで「おはようございまーす」と言ったり、自分もしくは相手が何人かと一緒にいて、自分だけ挨拶しないのは気まずい場合など、特別な場合を除けば一度会った人にはたとえまだ朝だとしても「おはようございます」は言わないのが普通である。これは「こんにちは」であろうと「こんばんは」であろうと同じことが言えるだろう。さらに実際の日本の社会では、昼夜関係なく「おはようございます」を使う場面もある。
例えば一日中スタッフが入れ替わる仕事の現場に入るときがそれに当たる。私もレストランでアルバイトをしていたときそれを経験したことがあるが、そこでは朝でなくても「おはようございます」と言うよう教えられた。元々は24時間動き続けるテレビ局で働く人たちが使っていたそうだが、それが次第に他の仕事でも使われるようになったということか。今では仕事だけでなく、友人に会ったときの挨拶として使う若者もいる。これはきっと「こんにちは」では堅苦しくなってしまうし、他に適当な言葉がないためであろう。今や懐かしい「オッハー」なんかもその類かもしれない。
【「こんにちは」や「こんばんは」はいつ使うのか】
友達の家へ遊びに行ったら、友達の家族がいた。「こんにちは」
夜、家に帰ってきたときに隣の人に会った。「こんばんは」
これらの使い方には違和感がない。しかし、次の場面ではどうだろう。
友達の家へ遊びに行ったら、既に親しい友達が何人もいた。「こんにちは」
実家に帰省した。夜、親に駅まで迎えに来てもらった。「こんばんは」
このような場面になると私は違和感を覚える。知り合い程度の間柄ならともかく、親しい友人や家族に対して「こんにちは」や「こんばんは」は普通使わないからである。このような間柄の人に対しては、「やぁ!」とか「久しぶり」とか「元気?」とか「ただいま」とか、別の言葉を使うことが多いのではないだろうか。つまり、「こんにちは」や「こんばんは」は使える相手が限られているということが言える。それに対して「おはようございます」は誰に対しても使うことができるため、使用範囲が広い。日本人の人間関係をウチとソトで捉える考え方があるが、その考え方を使うと、ウチの人には「こんにちは」や「こんばんは」は使いにくいことがわかる。しかし私の場合、ホームスティ先のホストファミリーに家の中で会ったときにも使いにくく感じる。それがたとえ敬体で会話する関係であっても、同じ屋根の下で家族同様よく顔を合わせる相手に「こんにちは」とか「こんばんは」とか言うのは少し不自然に感じてしまうのだ。もちろんホストファミリーという関係がないときには不自然ではないのだけれど。でもこれには個人差があるかもしれないな。
とにかく、一般的に「おはよう(ございます)」は朝、「こんにちは」は昼、「こんばんは」は夜、人と会ったときに使う挨拶だと考えられているが、実際はそんな簡単なものではない。ということ。



スンダ語、インドネシア語つれづれ観察記

Cicadas,Cibiru,Cicaheum,Ciwastra,Cirebon,Cipanas,Cianjur,Cireunyi,Cihamplas…
これらはすべてここら辺の地名。共通しているのは見てのとおり、”Ci”の音。スンダ語でCiは水を意味し、青い水、赤い水、熱い水、いろんな水が地名になっているらしい。もとは川を意味するチャ(”ca”かな?)という言葉から来ているとのこと。
そこで私はひらめいた。
川を中国語読みすると”chuan”。これってチャの音にそっくりじゃない??もしほんとにciがchuanから来ているんだったら面白いなぁなんてふと思ったのでした。

家族間で互いを呼び合う場合、日本語では一番最後に生まれた人に視点を合わせた呼び方がなされる。例えば、夫婦に子どもが生まれれば、母に当たる人は子どもから見た視点で一人称でも二人称でも「お母さん」になる。さらに子どもが生まれれば、最初の子どもは祖父母や両親など、自分より年上の人からも「お兄ちゃん(お姉ちゃん)」と呼ばれるようになる。
これは日本語特有のものだと思っていた。ところがそうでもない。インドネシアも実は同じような呼び方をしているのだ。
インドネシアと日本、語彙(ebi,moci,hade…)や表現の仕方(家族間での呼称、婉曲表現を好む…)だけでなく、ボディーランゲージなんかもよく似ていたりする。人を呼ぶときは手の甲を上に向けて手招きするし、約束の指切りも同じだ。異なるところだけでなく、共通しているところを見つけるのもおもしろい。

インドネシア人の発音を思いつくまま書き出してみる。

知らない学生から突然電話がかかってきて、インタビューをしたいと言われた。エルニって誰だ?何のインタビューだ??なんて思いながらも3時に約束の場所へ向かうとそこには私を呼び出した学生がおり、しばらくするとその学生の友人を名乗る学生(しかも他学部)が現れて、撮影と録音が始まった。一体私の存在はどこまで知れ渡っているのか…?
・せ(se)⇔しぇ(sye)
 インタビューに来た学生は他学部のため日本語ができない。それでも私のことを「先生」と呼んでいたが、その発音が「しぇんしぇい」になっていた。しかし、途中で自己修正できたこと、インドネシア語にもsepak bola(=サッカー)のように(se)の発音があることから、これはインドネシア人が一般的に起こしがちなエラーではなく、個人的なミステイクであると考えられる。
・し(shi)⇔すぃ(si)
 インドネシア語には日本語で言う「し」の発音がなく、nasi(ご飯)やterima kasih(ありがとう)など、すべてsiの発音が使われる。そのため、日本語で「し」と発音すべきところは語頭・語中・語尾に関わらずsiと発音されてしまう。これは明示的に指摘しないと上級者でも直りにくい。
・そ(so)⇔しょ(sho)
初級の学生たちに休みの過ごし方を尋ねるとよく返ってくる答えが「しょじをしたり、せんたくをしたりします」というもの。所持?諸事?頭高アクセントでこのような単語を発音しているように聞こえるが、実際は「掃除」を意味している。「そうですね」「そうですか」などの相槌、「それ」「その」などの指示詞、「忙しい」「急ぎます」などの語ではこのようなエラーは起こりにくく、なぜか「掃除」という語に限定される。ちなみに下宿の学生は、土日にまとめて手洗いで洗濯することが多いようだ。
・〜ですよ(desuyo)⇔〜でしょう(deshoo)
 会話でよく使う終助詞に「よ」がある。「〜ですよ」「〜ますよ」という文が出てくると学生たちは大抵「〜でしょう」「〜ましょう」と発音する。これが正しい矯正方法かはわからないけど、「ですよ」の発音は「す」の所で無声音のsを発音させて、de’s’yoのように音の切れ目を意識させてから「よ」を言うようにすると、だいたいそれなりの発音になる。
・二つの「でしょう」
「たぶん彼は来ないでしょう」「明日は雨が降るでしょう」のときの「でしょう」と、「だからそう言ったでしょう」「お母さんも行くでしょう?」のときの「でしょう」のイントネーションは異なる。でも学生は一様に「でしょう↑」のように語尾を上げて発音する。「で」が高く、「しょう」が低いところから急に上がることが多いので、文末の「でしょう」ばかりが目立ってしまって少し不自然に聞こえてしまう。
 インドネシア語は日本語、英語、中国語などと異なり、アクセントで意味を弁別することはない。語中のどの部分を強く、高く発音しようと意味は変わらない。だからこそ学生にとって日本語のアクセント感覚を身につけるのは難しい。ネイティブ教師がほとんどいないここでの授業では、このような指導はほとんど行われない。イントネーションに関しては、インドネシア語も日本語同様発話意図によって上げたり下げたりするが、日本語の場合はアクセントがあってイントネーションがある二重構造になっているため、アクセントを崩さずイントネーションも正しく発音するのはかなり難しいということになる。
・促音、長音の前の音
 促音、長音を苦手とする学生は、インドネシア人に限らないけれど…。促音、長音を意識するあまり、その直前の音が強く、高く、発音されがち。ただ、インドネシア人には上述のようにアクセント感覚がないため、促音、長音をあまり意識していない場合のアクセントの付け方は比較的自由。
・アクセントの決まりはないけど…
 インドネシア語にはアクセントの決まりはないけど傾向みたいなものはあるらしい。後ろから何音節目がだいたい強く発音されるとか、そういうのは聞いたことがある。でも、私がおもしろいと思ったのはゴシップのキャスターとニュースキャスターの発音の違い。北朝鮮と韓国のニュースぐらい話し方が異なっている。ゴシップの場合はスクープを「ちょっと聞いてよ!」と言わんばかりに視聴者に呼びかけるため、どの局でも北朝鮮型というか、強くて抑揚のある口調で話される。この場合頭高アクセントのような発音が多い。以前書いたようにネシア人はゴシップが大好きなので、毎日決まった時間帯になると、いろいろな局のゴシップ合戦になる。しかしニュースはその逆で、事実が淡々と述べられるため、話し方も淡々としたものになる。

略称や略語(SINGATAN,AKTONIM)についてつれづれ

こっちの人の名前は基本的に長い。だから大抵の場合ニックネームや略称などが存在する。学生の名前を覚えるのも一苦労だよ。そしてその方式に倣って私もよく略称で呼ばれる。警察とか届出関係では男たちに”ITA”と呼ばれる。てか最初からフルネームを発音する気はないらしい。そして、親戚の女の人たちにはなぜか「チー」と呼ばれる。sateはサテなのに、Chieはなぜチーなのか??ちなみにここのおちびさんたちは「くん」「ちゃん」と呼ばれることがときどきある。これも「ゆうくん」「あちゃん」(ここで既に略されてるけど)を更に短くしたもの。「くん」と「ちゃん」なんて、一体誰のことかわかりにくいではないか、と思うけど。略称といえば人の名前だけではない。A.S.=Amerika Serikat=アメリカ合衆国、T.V.R.I=Televisi Repubulic Indonesia=インドネシア国営テレビ、S.M.U=Sekolah Menengah Umum=高等学校、K.B.R.I=Kedutaan Besar Republic Indonesia=インドネシア共和国大使館、B.E.C(既出)=Bandung Electronic Centreてなぐあいにモールの名前から国名から何でも短くする。慣れるまでは難しいかも。
もうひとつ、面白い(?)略し方。メールではよく使うんだけど、学生にやってもらったアンケートを集計しててもたくさん出てきた。それは、母音を書かずに子音だけ書く書き方。例えば、dgn=dengan≒with、dlm=dalam≒in、jl=jalan≒street、sy=saya=Iという感じ。アラビア語はもともと子音しか書かない表記の仕方っていうのを聞いたことがあるけど、こんな感じなのかな。確かにこっちの方が合理的で簡単だよね。