2月25日
2008/02/26
今日はまた土曜日と同じ警察へ、土曜日と同じ冗談好きのオッサン(先生の友達)と行った。土曜日と違う担当者が出てきて、オッサンと話をして、パスポートとKITAS(滞在許可証)のコピーを取って、それで今日のところは終わりらしい。てかそんぐらいなら土曜日やれたじゃんか。わざわざこのオッサンは渋滞の月曜日にJatinangorまで2往復もしてくれたんだぞ?(仕事ないんかな?)
そして罰金を、ほんとのところは500万ルピアを10万ルピアに負けてもらった。
そう、罰金なの、罰金。
なんか長期滞在者はBandung(他のところは不明)に入って一日以内に警察に届け出ないと違法なんだとさ。んな法律知らんし(先生も知らんかったらしい)、土曜日から日曜日の未明に到着したあたしは警察自体が休みである一日以内に届け出をすることなんてはっきり言って不可能。こりゃ罰金のための闇の法律以外の何物でもない。つまりはポケットマネーのための法律ということ。てかさ、”lima ribu Rp.”てありえなくない?日本円でだいたい58236円ぐらい。こっちではこれだけあれば何ヶ月も生活できるんだよ?
でもこれがインドネシア社会。ふーん、なるほどそゆことか。と、10万Rp.だけ払って出てきたのでした。
でさ、家へ帰るとこの間スーパーで買ったはずのSOYJOYレーズン味がなくなってるの!
おかしいなぁ、今朝机の上に置いてあることをこの目でちゃんと確認したのに!!ここらではちょっと高めだけど(もちろん日本のより安い)、試しに買って今度食べようと思って楽しみにしてたのに。
そういえばこの前も机の上に置いておいたはずの愛用のペンがなくなった。しかもそのときも前日の夜使って、朝机の上にあることを確認していた。子どもたちに聞いてみたけど彼らも学校や幼稚園へ行っていたし、知らないと答えた。前回はお手伝いさんのために書置きまでしておいたのに、結局出てこなかった。あぁぁーSOYJOYごときだけど、個人的にモノが紛失するという現実にショック。そして不注意な自分自身に幻滅。たぶん、あれだ。お手伝いさんがきっとチップと思い込んで持っていったかなんかだ。日本人なら普通そういうことはしないけど、でもこれが文化の差ってやつなのかもしれない。あの人は家族と溶け込んでるし、悪い人じゃないことを信じたいけど、でも、でも、でも、もしかしたらちょっと怪しいかもしれない。。確かに子どもたちも勝手に私の机触ってケータイとかで遊んでるけど、でも、どっかに持ち去るとか、ましては勝手に食すとかはお互い”Jangan!”って言ってたしなめてるし、そんなことはないよね?
あーそれにしてもほんと凹む。人生山あり谷あり。蚊のせいで寝不足になったり、罰金が10万ルピアで済んだり。もう机の上のモノに触れるなって書置きでもしておこうかね。
そして罰金を、ほんとのところは500万ルピアを10万ルピアに負けてもらった。
そう、罰金なの、罰金。
なんか長期滞在者はBandung(他のところは不明)に入って一日以内に警察に届け出ないと違法なんだとさ。んな法律知らんし(先生も知らんかったらしい)、土曜日から日曜日の未明に到着したあたしは警察自体が休みである一日以内に届け出をすることなんてはっきり言って不可能。こりゃ罰金のための闇の法律以外の何物でもない。つまりはポケットマネーのための法律ということ。てかさ、”lima ribu Rp.”てありえなくない?日本円でだいたい58236円ぐらい。こっちではこれだけあれば何ヶ月も生活できるんだよ?
でもこれがインドネシア社会。ふーん、なるほどそゆことか。と、10万Rp.だけ払って出てきたのでした。
でさ、家へ帰るとこの間スーパーで買ったはずのSOYJOYレーズン味がなくなってるの!
おかしいなぁ、今朝机の上に置いてあることをこの目でちゃんと確認したのに!!ここらではちょっと高めだけど(もちろん日本のより安い)、試しに買って今度食べようと思って楽しみにしてたのに。
そういえばこの前も机の上に置いておいたはずの愛用のペンがなくなった。しかもそのときも前日の夜使って、朝机の上にあることを確認していた。子どもたちに聞いてみたけど彼らも学校や幼稚園へ行っていたし、知らないと答えた。前回はお手伝いさんのために書置きまでしておいたのに、結局出てこなかった。あぁぁーSOYJOYごときだけど、個人的にモノが紛失するという現実にショック。そして不注意な自分自身に幻滅。たぶん、あれだ。お手伝いさんがきっとチップと思い込んで持っていったかなんかだ。日本人なら普通そういうことはしないけど、でもこれが文化の差ってやつなのかもしれない。あの人は家族と溶け込んでるし、悪い人じゃないことを信じたいけど、でも、でも、でも、もしかしたらちょっと怪しいかもしれない。。確かに子どもたちも勝手に私の机触ってケータイとかで遊んでるけど、でも、どっかに持ち去るとか、ましては勝手に食すとかはお互い”Jangan!”って言ってたしなめてるし、そんなことはないよね?
あーそれにしてもほんと凹む。人生山あり谷あり。蚊のせいで寝不足になったり、罰金が10万ルピアで済んだり。もう机の上のモノに触れるなって書置きでもしておこうかね。
2月24日
2008/02/26
アンケートを集計したり、子どもたちにアラビア語を強制的(?)に教えてもらったり、テレビやDVDを見たり、という一日。特に変わったことはなく、こんなにのんびり過ごしてるとなんだか眠たくなってしまうよ。
略称や略語(SINGATAN,AKTONIM)についてつれづれ
2008/02/26
こっちの人の名前は基本的に長い。だから大抵の場合ニックネームや略称などが存在する。学生の名前を覚えるのも一苦労だよ。そしてその方式に倣って私もよく略称で呼ばれる。警察とか届出関係では男たちに”ITA”と呼ばれる。てか最初からフルネームを発音する気はないらしい。そして、親戚の女の人たちにはなぜか「チー」と呼ばれる。sateはサテなのに、Chieはなぜチーなのか??ちなみにここのおちびさんたちは「くん」「ちゃん」と呼ばれることがときどきある。これも「ゆうくん」「あちゃん」(ここで既に略されてるけど)を更に短くしたもの。「くん」と「ちゃん」なんて、一体誰のことかわかりにくいではないか、と思うけど。略称といえば人の名前だけではない。A.S.=Amerika Serikat=アメリカ合衆国、T.V.R.I=Televisi Repubulic Indonesia=インドネシア国営テレビ、S.M.U=Sekolah Menengah Umum=高等学校、K.B.R.I=Kedutaan Besar Republic Indonesia=インドネシア共和国大使館、B.E.C(既出)=Bandung Electronic Centreてなぐあいにモールの名前から国名から何でも短くする。慣れるまでは難しいかも。
もうひとつ、面白い(?)略し方。メールではよく使うんだけど、学生にやってもらったアンケートを集計しててもたくさん出てきた。それは、母音を書かずに子音だけ書く書き方。例えば、dgn=dengan≒with、dlm=dalam≒in、jl=jalan≒street、sy=saya=Iという感じ。アラビア語はもともと子音しか書かない表記の仕方っていうのを聞いたことがあるけど、こんな感じなのかな。確かにこっちの方が合理的で簡単だよね。
もうひとつ、面白い(?)略し方。メールではよく使うんだけど、学生にやってもらったアンケートを集計しててもたくさん出てきた。それは、母音を書かずに子音だけ書く書き方。例えば、dgn=dengan≒with、dlm=dalam≒in、jl=jalan≒street、sy=saya=Iという感じ。アラビア語はもともと子音しか書かない表記の仕方っていうのを聞いたことがあるけど、こんな感じなのかな。確かにこっちの方が合理的で簡単だよね。
2月23日
2008/02/26
“Ding Dong~アッサラーム アライクン”
と玄関のベルが鳴る音で目が覚めた。時刻は午前4時30分。早いよ、早すぎるって。女たちは再び仕事に取り掛かり始める。相当な人数分の料理を用意するらしい。
その間に私は住まいから一番近い警察へ(昨日とは別の場所)へ行くことになった。8時に先生の友達の迎えが来るということで待っていたら、10時ちょっと前にその人は現れた。
家に戻るとお客さんがすでに何人かいた。てか今日は何のパーティー?
恵まれない子どもたちにご馳走をふるまうのと、ユリちゃんの17歳の誕生パーティーだそうだ。誕生日は1月だったんだけど入院してしまってできなかったから今日に延期されたらしい。
こっちでは17歳は特別。国民カードを持てるようになったり、いろいろな面で大人の仲間入りができるというとこだろうか。リビングやダイニングのテーブルやソファや椅子などを全部運び出し、私の部屋に押し込めて、床には絨毯を敷き詰めた。
お昼の部は子どもたちのための会だった。緑の民族衣装を着て、黒いkerudung(ベール)を被った女の人たちがたくさんいた。フラフラ入れるような場所ではなかったので、私は裏方に徹した。これだって貴重な機会。お弁当箱みたいなスチロールケースに昨日から準備していたおかずやご飯を詰め、飲料水やお菓子やランブータンなどもセットにして袋詰め。途中でいろいろつまんだり、おしゃべりしたりしながら進めた。部屋の向こうからは誰かがマイクで話すのが聞こえ、ときおり宗教歌らしき歌をみんなで歌っているのが聞こえた。
夕方の部は親戚の会。名前とか親戚関係とかはよくわからないけど、もうすでに会ったことのある人たちばかりで、ケーキを囲んで誕生日会。こんなに大勢に祝ってもらってユリちゃんは嬉しそうだった。azanが聞こえてくる時間になると、私の目の前で男たちはメッカに向かって次々にお祈りを始めた。お酒はないけどみんなすごく盛り上がっていて、いいなぁこういうのって思った。
こうして宴の夜は更けていった。貴重な体験だった。
と玄関のベルが鳴る音で目が覚めた。時刻は午前4時30分。早いよ、早すぎるって。女たちは再び仕事に取り掛かり始める。相当な人数分の料理を用意するらしい。
その間に私は住まいから一番近い警察へ(昨日とは別の場所)へ行くことになった。8時に先生の友達の迎えが来るということで待っていたら、10時ちょっと前にその人は現れた。
家に戻るとお客さんがすでに何人かいた。てか今日は何のパーティー?
恵まれない子どもたちにご馳走をふるまうのと、ユリちゃんの17歳の誕生パーティーだそうだ。誕生日は1月だったんだけど入院してしまってできなかったから今日に延期されたらしい。
こっちでは17歳は特別。国民カードを持てるようになったり、いろいろな面で大人の仲間入りができるというとこだろうか。リビングやダイニングのテーブルやソファや椅子などを全部運び出し、私の部屋に押し込めて、床には絨毯を敷き詰めた。
お昼の部は子どもたちのための会だった。緑の民族衣装を着て、黒いkerudung(ベール)を被った女の人たちがたくさんいた。フラフラ入れるような場所ではなかったので、私は裏方に徹した。これだって貴重な機会。お弁当箱みたいなスチロールケースに昨日から準備していたおかずやご飯を詰め、飲料水やお菓子やランブータンなどもセットにして袋詰め。途中でいろいろつまんだり、おしゃべりしたりしながら進めた。部屋の向こうからは誰かがマイクで話すのが聞こえ、ときおり宗教歌らしき歌をみんなで歌っているのが聞こえた。
夕方の部は親戚の会。名前とか親戚関係とかはよくわからないけど、もうすでに会ったことのある人たちばかりで、ケーキを囲んで誕生日会。こんなに大勢に祝ってもらってユリちゃんは嬉しそうだった。azanが聞こえてくる時間になると、私の目の前で男たちはメッカに向かって次々にお祈りを始めた。お酒はないけどみんなすごく盛り上がっていて、いいなぁこういうのって思った。
こうして宴の夜は更けていった。貴重な体験だった。
2月22日
2008/02/25
昨日西瓜の種を食べた後、浸透圧を下げるために(塩辛いので)水を大量に摂取したのがよかったのか(?)、朝には完全復活していた。回収したアンケートやテストを分析しようと思いながらもテレビを見てゴロゴロしていたら、先生が突然現れた。「アリスさん(既出のビザ関連手続き係のお兄さん)が10分後に来るので、一緒に警察へ届けに行ってください」と。
は?…また急なことを言う。
とりあえず急いで着替えて準備したんだけど、かれこれ40分ぐらい経ったところでお兄さんはバイクで現れた。今日もまたバイクかよ…。とはいってもここまでわざわざ私のために足を運んでくれるんだから、そんなことは言ってられないよね。慣れというのは怖いもので、2日目にしてバイクも平気になってきた。というか、運転手が安全運転を心がけてくれたおかげかも。飛ばさず、抜かさず、ほんとゆっくり走ってくれたから。
まずおっきい警察署へ行って、コピーを揃えて案内された部屋にいたTシャツのオッサン(偉い人なんだろうか?)に尋ねたら、書類の不備と背景が赤い証明写真の提出を命ぜられた。まだ不備があるんだなぁ。ほんと手続きってややこしくて複雑。てかさ、手続き係なんだからいままでいろんな人の手続きやって慣れてるんじゃないの??人によって毎回書類とかが違うのかな???
次にちょっと小さめの別の警察署に行った。今自分がどこにいて、何を求められてるか全然わからんのだけど、言われた通りに動くしかない。ワワンとか何とかいう名前のオッサン(警察の人)が担当してくれた。ここでもまた中国系インドネシア人みたいだと言われた。「誰の手続きだ?」って、目の前に外人がいるじゃないかー!ちなみに一昨日も学生に「先生は日本語できますか」って聞かれた。いやいや、これでも日本人ですから(苦笑)。このオッサン、ちょっとノリがいいのかよくわからんけど、盛んに”karaoke~”って言って、偶然通りかかったカラオケ店のオーナーを紹介してくれた。しかも今度一緒に行こうってさ。念押しまでしてきたけど、通じなかったということで。それから、携帯番号を聞かれた。手続きのためかと思いきや、普通に適当な紙にメモってるだけなの!んで、あたしの電話を鳴らして「これがオレの番号だ。saveしておけ」って。この国では警察が初対面の外国人と番号を交換するのは普通なのだろうか??かれこれするうちに12時になった。オッサンもアリスさんも敷地内のモスクへ行ってしまったため、私は部屋にただ一人。トイレに行きたかったけど、みんな祈ってる横でウロウロするのははばかられるし、結局小一時間またしてもアリスさんに買ってもらったkopiをちびちび飲み、瞑想するしかなかった。ここのオッサンとは番号を交換しただけで終わり、別の部屋で指紋を取って、また書類を書いた。両親の名前とか、宗教とか、なんかいろいろ項目が細かかった。身長や体重までも書くとこがあって男たちの前でレディーは事実を公表しなければならなかった。
それからまた別の警察(もう警察じゃないかも)みたいなところへ行った。吹き抜けの下になぜかビリヤード台があった。ここでは二人の男が書類を見ながらアリスさんにいろいろ質問していた。私は特にすることもなく、足元でエサを運んでいる蟻たちを見ていた。
家に帰ると主婦たちが何やら料理をしていた。というか、ここの家ではほぼ一日中女たちはキッチンにいるような気がする。でも今日はなんかいつもよりスペシャルな雰囲気を感じ取ったので、聞いてみた。明日のパーティーのために準備しているのだと言う。あ、明日パーティーあるのか。面白そうだったので、私も少し手伝ってみることにした。野菜いっぱい使って、バナナの葉(dawn pisang)を使って、大きな鍋やボールで手分けして作る。スンダの人たちはこうやって親戚の誕生日とか、結婚式とか何かある度によく集まるそうだ。すばらしい文化だね。日本ではこういう伝統的なことが徐々に廃れ、家族で集まることさえも少なくなってる。その反動で村おこしとかイベントとしての「見せるための意図的な伝統」の方が多くなっている気がする。インドネシアの人たちは「共和国」として様々な民族がひとつになることへの気持ちが強い一方で、自分たちの民族や文化も同じように大切にしている。それは長い間他国に支配され続けてきた歴史とも関わりがあるのかもしれないけど、完全に近代化の波に飲み込まれていない部分もいくらかあって、そういうのが私の心を引くんだろうな。
は?…また急なことを言う。
とりあえず急いで着替えて準備したんだけど、かれこれ40分ぐらい経ったところでお兄さんはバイクで現れた。今日もまたバイクかよ…。とはいってもここまでわざわざ私のために足を運んでくれるんだから、そんなことは言ってられないよね。慣れというのは怖いもので、2日目にしてバイクも平気になってきた。というか、運転手が安全運転を心がけてくれたおかげかも。飛ばさず、抜かさず、ほんとゆっくり走ってくれたから。
まずおっきい警察署へ行って、コピーを揃えて案内された部屋にいたTシャツのオッサン(偉い人なんだろうか?)に尋ねたら、書類の不備と背景が赤い証明写真の提出を命ぜられた。まだ不備があるんだなぁ。ほんと手続きってややこしくて複雑。てかさ、手続き係なんだからいままでいろんな人の手続きやって慣れてるんじゃないの??人によって毎回書類とかが違うのかな???
次にちょっと小さめの別の警察署に行った。今自分がどこにいて、何を求められてるか全然わからんのだけど、言われた通りに動くしかない。ワワンとか何とかいう名前のオッサン(警察の人)が担当してくれた。ここでもまた中国系インドネシア人みたいだと言われた。「誰の手続きだ?」って、目の前に外人がいるじゃないかー!ちなみに一昨日も学生に「先生は日本語できますか」って聞かれた。いやいや、これでも日本人ですから(苦笑)。このオッサン、ちょっとノリがいいのかよくわからんけど、盛んに”karaoke~”って言って、偶然通りかかったカラオケ店のオーナーを紹介してくれた。しかも今度一緒に行こうってさ。念押しまでしてきたけど、通じなかったということで。それから、携帯番号を聞かれた。手続きのためかと思いきや、普通に適当な紙にメモってるだけなの!んで、あたしの電話を鳴らして「これがオレの番号だ。saveしておけ」って。この国では警察が初対面の外国人と番号を交換するのは普通なのだろうか??かれこれするうちに12時になった。オッサンもアリスさんも敷地内のモスクへ行ってしまったため、私は部屋にただ一人。トイレに行きたかったけど、みんな祈ってる横でウロウロするのははばかられるし、結局小一時間またしてもアリスさんに買ってもらったkopiをちびちび飲み、瞑想するしかなかった。ここのオッサンとは番号を交換しただけで終わり、別の部屋で指紋を取って、また書類を書いた。両親の名前とか、宗教とか、なんかいろいろ項目が細かかった。身長や体重までも書くとこがあって男たちの前でレディーは事実を公表しなければならなかった。
それからまた別の警察(もう警察じゃないかも)みたいなところへ行った。吹き抜けの下になぜかビリヤード台があった。ここでは二人の男が書類を見ながらアリスさんにいろいろ質問していた。私は特にすることもなく、足元でエサを運んでいる蟻たちを見ていた。
家に帰ると主婦たちが何やら料理をしていた。というか、ここの家ではほぼ一日中女たちはキッチンにいるような気がする。でも今日はなんかいつもよりスペシャルな雰囲気を感じ取ったので、聞いてみた。明日のパーティーのために準備しているのだと言う。あ、明日パーティーあるのか。面白そうだったので、私も少し手伝ってみることにした。野菜いっぱい使って、バナナの葉(dawn pisang)を使って、大きな鍋やボールで手分けして作る。スンダの人たちはこうやって親戚の誕生日とか、結婚式とか何かある度によく集まるそうだ。すばらしい文化だね。日本ではこういう伝統的なことが徐々に廃れ、家族で集まることさえも少なくなってる。その反動で村おこしとかイベントとしての「見せるための意図的な伝統」の方が多くなっている気がする。インドネシアの人たちは「共和国」として様々な民族がひとつになることへの気持ちが強い一方で、自分たちの民族や文化も同じように大切にしている。それは長い間他国に支配され続けてきた歴史とも関わりがあるのかもしれないけど、完全に近代化の波に飲み込まれていない部分もいくらかあって、そういうのが私の心を引くんだろうな。
2月21日
2008/02/25
あ゛ぁ〜絶対あの食堂のせいだ。
いきなり汚い話ですんません。とうとうやってしまったのだよ。只今トイレットさんとお友達です。文学部棟の隣のボッサい食堂で見よう見真似でひとり昼食を取ってみたはいいけどその後襲い掛かる腹痛をこらえ、1コマなんとか終えた訳ですよ。不覚。。まぁそんなひどくはないので明日にでも治るでしょう。
今朝は先生が別の用事でJatinangorへ行けなかったため、同居している奥さんの甥(他学部)にバイクで連れてってもらった。えーバイクかよ!?日本でも1,2度ぐらいしか乗ったことないのに、こんな所で乗ることになるとは。ここはほんと凄いんだよ。秩序がないっていうか、センターラインは無視して反対車線はみ出して走るし、ときどき逆走してるのもいるし、3人乗り、4人乗りは珍しくもなく、蝿みたいに物凄い大群になってるし、交通渋滞の車の間をジグザグにすり抜けてめっちゃみんな飛ばすんだよ。ノーヘルの人もいっぱいいるし、私のメットも顎のとこ固定できてなかったし、死ぬかと思ってしがみついてた。そしたらその兄ちゃん、そんなあたしによくわからん英語でいろいろ話しかけてくるの。必死ですよ、あたしゃ。Takutですが、何か?でも横を見ると、他の後部座席の人たちは普通になんか食べてるし、タバコ吸ってるし、いたって普通なんですね。ありえない。でもあたしも仕舞にはどうでもよくなって、多少は風が気持ちよく感じられるようになった。手相には早死にするとは書いてなかったし、大丈夫かと。
今日は4コマ(100分×4)、道理で疲れたわけです。
1限目は7時半から。想定内だけどはじめ学生がすごく少なくて、どうしようかと思ったけど、でもやっぱこんなもんかと開き直った。1年生は初級前半てとこだから語彙コントロールが難しい。でも大抵クラスに1人、2人は「できる子」がいて、彼らがわからない人たちに説明している。前に座っている女の子たちが活発で、彼女たちに照準を合わせるとなんとか進められそう。
2限目は9時15分から。1限並みの早さだよね。休み時間が5分しかないから、慌しい。まぁ、なんとかナントカって感じ。2年生だから少し理解度が上がる。他己紹介をさせたら「これは○○です」って言ってる人が何人もいたのが気になる。でもまぁまとまってるクラス。授業後に熱心な学生が彼自身の研究に関する質問に来た。聞いている意味がわからず、何を言ったらよいのかわからず、本当に焦った。
3限目。かなーり問題。授業が始まってから、どんどんどんどん学生が入ってきて、2年生のクラスなのに、数えてみたら再履修の3年生が20人以上も入ってて、chaos状態。名簿に名前入ってない人が20人以上もいるんだよ?はー。それにしてもこっちの人は遅刻がひどいようだ。でもって「失礼します」ってペコペコぞろぞろ入ってくる。他の授業でもそうなんかいな?結局この時間の学生は50人を超え、予定とはかなり異なる事態に陥ってしまった。
そして昼を挟んで4限目。なんせ昼時間が30分しかないから、適当なものを腹ごしらえにするしかないんですよ。急いで教室に入ったのに、13時10分の時点で誰もいなかった。教室を間違えたか不安になって待っていたら、ようやく4人ほど現れて、聞いてみたら「まだみんな食堂にいる」と。
おいー!授業だろが!自分自身そこまで熱心な学生じゃなかった事実を棚に上げて、一人ソワソワ落ち着かない。昨日はけっこう集まりがよかったのにな。しかもみんな普通に前のドアから、しかも開いているドアをノックして、主張までして入ってくるんだよね。えへーごめんね、先生。みたいな。結局授業始まって30分ほどしても十数人の学生しか集まらず、予定していたこと(主に研究のための調査とか、調査とか、調査とか…)ができなかった。大丈夫かな、研究。腹痛で嫌な汗をかきながらもなんとか無事仕事を終えた。そして次の問題は帰宅方法。今朝の兄ちゃんはサッカーの試合があって帰りは一緒に帰れない、一緒に帰ろうと思っていた先生は別の用事で学校を出てしまった、一人でバスやangkotに乗ったことがなく、どれを乗ったらいいのかわからない。うろうろしていたところへ、いつも先生たちの雑用をしている5年生の学生(日本語が流暢)が現れた。彼はなんと、学校から程近い場所で下宿をしているにもかかわらず、こんな厄介な私のためにわざわざ片道1時間以上もかけて、バスとangkotを乗り継いで、私を家まで送ってくれた。それからとんぼ帰りですよ。片道1時間以上もかけて。交通費払うよって言ったのに「いいです」って言うの。すばらしい青年だ。いつもありがとう。こうして私はいつも誰かしらのお陰でなんとかやっているのであります。
いきなり汚い話ですんません。とうとうやってしまったのだよ。只今トイレットさんとお友達です。文学部棟の隣のボッサい食堂で見よう見真似でひとり昼食を取ってみたはいいけどその後襲い掛かる腹痛をこらえ、1コマなんとか終えた訳ですよ。不覚。。まぁそんなひどくはないので明日にでも治るでしょう。
今朝は先生が別の用事でJatinangorへ行けなかったため、同居している奥さんの甥(他学部)にバイクで連れてってもらった。えーバイクかよ!?日本でも1,2度ぐらいしか乗ったことないのに、こんな所で乗ることになるとは。ここはほんと凄いんだよ。秩序がないっていうか、センターラインは無視して反対車線はみ出して走るし、ときどき逆走してるのもいるし、3人乗り、4人乗りは珍しくもなく、蝿みたいに物凄い大群になってるし、交通渋滞の車の間をジグザグにすり抜けてめっちゃみんな飛ばすんだよ。ノーヘルの人もいっぱいいるし、私のメットも顎のとこ固定できてなかったし、死ぬかと思ってしがみついてた。そしたらその兄ちゃん、そんなあたしによくわからん英語でいろいろ話しかけてくるの。必死ですよ、あたしゃ。Takutですが、何か?でも横を見ると、他の後部座席の人たちは普通になんか食べてるし、タバコ吸ってるし、いたって普通なんですね。ありえない。でもあたしも仕舞にはどうでもよくなって、多少は風が気持ちよく感じられるようになった。手相には早死にするとは書いてなかったし、大丈夫かと。
今日は4コマ(100分×4)、道理で疲れたわけです。
1限目は7時半から。想定内だけどはじめ学生がすごく少なくて、どうしようかと思ったけど、でもやっぱこんなもんかと開き直った。1年生は初級前半てとこだから語彙コントロールが難しい。でも大抵クラスに1人、2人は「できる子」がいて、彼らがわからない人たちに説明している。前に座っている女の子たちが活発で、彼女たちに照準を合わせるとなんとか進められそう。
2限目は9時15分から。1限並みの早さだよね。休み時間が5分しかないから、慌しい。まぁ、なんとかナントカって感じ。2年生だから少し理解度が上がる。他己紹介をさせたら「これは○○です」って言ってる人が何人もいたのが気になる。でもまぁまとまってるクラス。授業後に熱心な学生が彼自身の研究に関する質問に来た。聞いている意味がわからず、何を言ったらよいのかわからず、本当に焦った。
3限目。かなーり問題。授業が始まってから、どんどんどんどん学生が入ってきて、2年生のクラスなのに、数えてみたら再履修の3年生が20人以上も入ってて、chaos状態。名簿に名前入ってない人が20人以上もいるんだよ?はー。それにしてもこっちの人は遅刻がひどいようだ。でもって「失礼します」ってペコペコぞろぞろ入ってくる。他の授業でもそうなんかいな?結局この時間の学生は50人を超え、予定とはかなり異なる事態に陥ってしまった。
そして昼を挟んで4限目。なんせ昼時間が30分しかないから、適当なものを腹ごしらえにするしかないんですよ。急いで教室に入ったのに、13時10分の時点で誰もいなかった。教室を間違えたか不安になって待っていたら、ようやく4人ほど現れて、聞いてみたら「まだみんな食堂にいる」と。
おいー!授業だろが!自分自身そこまで熱心な学生じゃなかった事実を棚に上げて、一人ソワソワ落ち着かない。昨日はけっこう集まりがよかったのにな。しかもみんな普通に前のドアから、しかも開いているドアをノックして、主張までして入ってくるんだよね。えへーごめんね、先生。みたいな。結局授業始まって30分ほどしても十数人の学生しか集まらず、予定していたこと(主に研究のための調査とか、調査とか、調査とか…)ができなかった。大丈夫かな、研究。腹痛で嫌な汗をかきながらもなんとか無事仕事を終えた。そして次の問題は帰宅方法。今朝の兄ちゃんはサッカーの試合があって帰りは一緒に帰れない、一緒に帰ろうと思っていた先生は別の用事で学校を出てしまった、一人でバスやangkotに乗ったことがなく、どれを乗ったらいいのかわからない。うろうろしていたところへ、いつも先生たちの雑用をしている5年生の学生(日本語が流暢)が現れた。彼はなんと、学校から程近い場所で下宿をしているにもかかわらず、こんな厄介な私のためにわざわざ片道1時間以上もかけて、バスとangkotを乗り継いで、私を家まで送ってくれた。それからとんぼ帰りですよ。片道1時間以上もかけて。交通費払うよって言ったのに「いいです」って言うの。すばらしい青年だ。いつもありがとう。こうして私はいつも誰かしらのお陰でなんとかやっているのであります。
2月20日
2008/02/25
初授業。bangsal(この学科で一番大きい教室)に入ると、すでに学生たちが何人かいて、私が入ると「おはようございます」って座りなおした。しばらくすると他の学生たちも次々と「失礼します」と入ってきて、なんだかこそばゆい感じ。みんなの目線がこっちに注がれてるのがわかる。
授業はだいたい予定どおり、というか、こんなもんかな。学生たちは日本人がめずらしいのか、思ったより若い先生だったのがうれしかったのか、みんな懐っこい。授業でもちゃんと反応があるし、授業が終わるとみんな口々に「ありがとうございました」とか「お先に失礼します」とか言ってくれた。D3の学生なんか「今日は楽しかったです」って言ってくれて、すごく嬉しかった。(滑り出し順調?)でも、予想外のことも当然のようにある。S1の学生は『日本語初歩』11課まで終わってると聞いて、その進度に合わせて問題を作ってきたのに、みんな口々に難しいと言って手こずっていた。確かに「習った=定着している」なんてことはないのは当たり前だ。計算をちょっと誤ったかも。まだ採点してないけど、大丈夫かな。まぁとにかくぶっつけ勝負。あとはしっかり頭使ってなんとか形になるようにしなきゃ。
・今日のよかった点
→マンネリ化しがちな自己紹介にプラスαでクラスみんなを巻き込むことができたこと。
→だいたい時間どおりに進めることができたこと
・今日の反省点
→個人の作業のところでみんなが集中できなかったこと(巻き込みすぎ?)
→早口になってしまうこと(相変わらず)
・今日の気づき
→活きのいい男子学生にある程度話してもらい、興味をそそらせるとクラス全体がまとまる。
授業はだいたい予定どおり、というか、こんなもんかな。学生たちは日本人がめずらしいのか、思ったより若い先生だったのがうれしかったのか、みんな懐っこい。授業でもちゃんと反応があるし、授業が終わるとみんな口々に「ありがとうございました」とか「お先に失礼します」とか言ってくれた。D3の学生なんか「今日は楽しかったです」って言ってくれて、すごく嬉しかった。(滑り出し順調?)でも、予想外のことも当然のようにある。S1の学生は『日本語初歩』11課まで終わってると聞いて、その進度に合わせて問題を作ってきたのに、みんな口々に難しいと言って手こずっていた。確かに「習った=定着している」なんてことはないのは当たり前だ。計算をちょっと誤ったかも。まだ採点してないけど、大丈夫かな。まぁとにかくぶっつけ勝負。あとはしっかり頭使ってなんとか形になるようにしなきゃ。
・今日のよかった点
→マンネリ化しがちな自己紹介にプラスαでクラスみんなを巻き込むことができたこと。
→だいたい時間どおりに進めることができたこと
・今日の反省点
→個人の作業のところでみんなが集中できなかったこと(巻き込みすぎ?)
→早口になってしまうこと(相変わらず)
・今日の気づき
→活きのいい男子学生にある程度話してもらい、興味をそそらせるとクラス全体がまとまる。
2月19日
2008/02/25
今日も授業はないけどDagoのキャンパスに行った。インターネットを使うために。というよりたぶん先生のほうが使いたいのかも。毎回あたしのPCでメールとかやってる。自分の持って来いよーって内心思ってるけど。Dagoのキャンパスは大学の本部があって、何かと出かける用があるみたいでその度に私もPCを持ってついて行ってるんだ。今のとこ暇だから。まぁ、Jatinangorのあたしの部屋はあんまり電波がよくないみたいだから、ちょうどいいのかも。今日の屋外活動はこれで終わり。あとは明日の準備だな。
そういえば、昼食はシチューだった。インドネシア人の家庭でシチューが出てくるなんて、意外。ちょっと懐かしくなり始めた日本の味を思い出したようだよ。
そういえば、昼食はシチューだった。インドネシア人の家庭でシチューが出てくるなんて、意外。ちょっと懐かしくなり始めた日本の味を思い出したようだよ。
2月18日
2008/02/19
そういえばバンドゥンて赤道より下にあるんだね。オリオン座が真上に見えるよ。
今日も授業はないけど、2週間ぶりにJatinangorに行った。もう学校が始まってるから学生がたくさんいて、私のほうちらちら見てるなっていう視線を感じた。それで目が合ったりなんかすると「おはようございます」ってみんなしてハニカミスマイルで挨拶してくれたりする。初めてオフィスのプリンターを使おうとメモリースティック入れた瞬間ウイルスがわんさか入ってきた。一瞬中身が全部見れなくなって、頭の中まで真っ白になったけど、なんとか復活し、印刷もできた。ここのPCは怖い。
その後図書館へ行ってみた。ところがもう時間はお昼。昼休憩の時間だった。そう、ここらは図書館でも昼休みがあるのだ。と思った瞬間背後から「N大の人ですよね?」という声がした。
振り返ると流暢に日本語を話す、知らない学生。なんと留学生として半年前まで我らがN大にいたのだと言う。今回新しい先生が自分の行っていたN大から来るということで、自分を始めみんなすごく楽しみにしているとのことらしい。そこへ偶然目の前にそれらしき人物が現れたから声をかけたのだと。
なんだかおもしろくなってきた。
昼からは彼女と行動を共にすることにした。一緒にキャンパスから出て食堂へ行き、いろいろな話をしながら再び図書館を目指して歩いた。そう、ここのキャンパスは果てしなく広いの!しかも坂道もけっこうきついよ。
そして図書館。日本の大学の10分の1かと思うほどの小さな小さな図書館には、日本語や日本に関する本がたくさん詰め込まれており、昔読んだ懐かしい本や小中学校の国語や数学の教科書、8年程前の雑誌や新聞など、不思議なものもいろいろあった。
しかし今更言うのも変だけど、大学の先生ってやっぱいろいろ優遇されてるよね。雑用係の人が部屋の掃除やお茶汲みまでしてくれるし、図書館の利用カード(有料)は作らなくてもいい。確かに日本に比べたらあらゆる面でまだまだ遅れているところはいっぱいあって不便だけど、それでもいろいろしてもらってるんだって思った。
今日も授業はないけど、2週間ぶりにJatinangorに行った。もう学校が始まってるから学生がたくさんいて、私のほうちらちら見てるなっていう視線を感じた。それで目が合ったりなんかすると「おはようございます」ってみんなしてハニカミスマイルで挨拶してくれたりする。初めてオフィスのプリンターを使おうとメモリースティック入れた瞬間ウイルスがわんさか入ってきた。一瞬中身が全部見れなくなって、頭の中まで真っ白になったけど、なんとか復活し、印刷もできた。ここのPCは怖い。
その後図書館へ行ってみた。ところがもう時間はお昼。昼休憩の時間だった。そう、ここらは図書館でも昼休みがあるのだ。と思った瞬間背後から「N大の人ですよね?」という声がした。
振り返ると流暢に日本語を話す、知らない学生。なんと留学生として半年前まで我らがN大にいたのだと言う。今回新しい先生が自分の行っていたN大から来るということで、自分を始めみんなすごく楽しみにしているとのことらしい。そこへ偶然目の前にそれらしき人物が現れたから声をかけたのだと。
なんだかおもしろくなってきた。
昼からは彼女と行動を共にすることにした。一緒にキャンパスから出て食堂へ行き、いろいろな話をしながら再び図書館を目指して歩いた。そう、ここのキャンパスは果てしなく広いの!しかも坂道もけっこうきついよ。
そして図書館。日本の大学の10分の1かと思うほどの小さな小さな図書館には、日本語や日本に関する本がたくさん詰め込まれており、昔読んだ懐かしい本や小中学校の国語や数学の教科書、8年程前の雑誌や新聞など、不思議なものもいろいろあった。
しかし今更言うのも変だけど、大学の先生ってやっぱいろいろ優遇されてるよね。雑用係の人が部屋の掃除やお茶汲みまでしてくれるし、図書館の利用カード(有料)は作らなくてもいい。確かに日本に比べたらあらゆる面でまだまだ遅れているところはいっぱいあって不便だけど、それでもいろいろしてもらってるんだって思った。
2月17日
2008/02/19
今日も暇人。もっと時間を有効に使うことができればいいのになぁと思いながらも結局テレビとお友達。今日もさっきまで親戚がいっぱいいたんだけど、多すぎてリビングに入りきれないの(笑)。だから私はこうして邪魔にならないようずっと部屋にいるわけ。それでなくても普段からここは常に椅子の数より人数が多いから食事も交代制なんだよね。トイレやシャワーがいっぱいあったのと、部屋にテレビがあったことが救いだよね、ほんと。


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