4月25日
2008/04/29
愚痴ってはいけないとはわかっているものの、学生に悪気はないことはわかっているものの、熱心さ故の学生の行動に閉口してしまうことがある。先日のFIKOM(コミュ学科)のインタビューもそうだけど、NOと言わない日本人として人当たりのいいことで評判になってしまった私は次から次へといろいろな依頼が入ってくるようになってしまった。ここには日本人が私含めて三人いるのに、学生からの個別の依頼はいつも私のほうへ集中的に流れてくる。学生のいろいろな取材、日記の添削、スピーチコンテストの練習なんかは「学内予選後に本格的にするからまだそんなに力を入れなくていいよ」と言われている。でも、力を入れないようにするったって個別にぞろぞろやってくるのだからどうしようもない。一応事務室前にオフィスアワーみたいに練習可能時間をグループごとに書き込んでおくようになっているけど、それとは別に録音してくれだの「いつ練習しますか」って突然メールをよこす学生(どこから番号が漏れているのか…?)だのいる。教室の外で授業が終わるのを待っていたり、食堂で食事中でもやってくる学生もいたりして、本当に驚く。はっきり言ってここでの仕事の半分以上が時間外労働。まぁ日本語教師はもともと時間外労働が多い職業だから仕方ないけどね。
今日は一日休みだから、昨日Ibu.Inaにもらったチップスを食べながらこないだKota Kembangで買った『働きマン』を一日中見ていた。チップスもDVDも止まらなくて、結局全部見終わって、食べ過ぎ。油脂と炭水化物の取り過ぎだ。。ヤバイね。
今日は一日休みだから、昨日Ibu.Inaにもらったチップスを食べながらこないだKota Kembangで買った『働きマン』を一日中見ていた。チップスもDVDも止まらなくて、結局全部見終わって、食べ過ぎ。油脂と炭水化物の取り過ぎだ。。ヤバイね。
4月24日
2008/04/29
家での朝食は主にナシゴレン、食堂のメニューも基本的にナシゴレンとインスタントみたいな麺しかないから(こっちでは生麺はないのだろうか?)昼食も主にナシゴレン4,500Rp.という生活。まぁそれぞれソースの味とか塩加減とかは違うけど、ナシゴレンもそろそろ飽きてきたような…。でも、ナシゴレンと言ってもnasi goring ayam(鶏肉)、sapi(牛肉)、kambing(羊肉)、sayur(野菜)、sosis(ソーセージ)、telur(卵)等いろいろあるんだけどね。でもときどき語彙不足でメニュー見ても何が入ってるかわからないのがある。そんなときはその辺の学生を捕まえて聞くんだけど、鳥の心臓とか牛の脳みそとか、学生の訳し方が間違ってなければ、けっこうすごいものも普通に食べるらしい。日本ではそういったものは普通食卓には並ばないよなぁ?ちょっと怖いからまだ挑戦したことないけど、もしかしたら家のご飯で知らないうちに食べてるのかなぁ?もっとさっぱりした高菜チャーハンとか、豚肉がいっぱい入ったキムチチャーハンとか、ケチャップライスを包み込んだ、ふわとろ卵のオムライスなんかをたまには食べたいものだ。
4月23日
2008/04/28
電気の大切さがよくわかるというか。
晩ご飯を食べていたら、突然の停電。mimi(=おばあちゃん=奥さんのお母さん)は暗闇から蝋燭を取り出し、手際よく火をつけていく。数カ月おきに行われる停電にはもう馴れっこという感じだ。ここでは電力不足のため、定期的に地域ごとに電力の供給を止めているのだ。いつ電気が止まり、それがどのぐらい続くのかは私たちにはわからない。とにかくひたすら電気がつくのを待つしかない。話では聞いていたが実際に電気がないと、ほんと何もできなくて不便。停電のない日本、停電を知らない私はなんと恵まれた生活を送っていることか。でも強制的に、しかもこんな夜に電気を止めなくても、さんさんと降り注ぐ太陽光で発電するとか、別の方法を考えたらいいのになんて思うのは私だけだろうか。
それにしてもここの人々は本当におおらかだ。向かいの家からはまたギターに合わせて大合唱が聞こえてきたし、この家でも、リビングにみんなが集まって火を囲んで座り、雑談したり、歌ったりしている。子どもたちなんかテンションもかなり上がっていて、踊ったり、影絵遊びをしたりして、むしろこの非日常を楽しんでる。停電は生活に支障をきたすけど、家族の団欒の時間をつくってくれることがわかった。
晩ご飯を食べていたら、突然の停電。mimi(=おばあちゃん=奥さんのお母さん)は暗闇から蝋燭を取り出し、手際よく火をつけていく。数カ月おきに行われる停電にはもう馴れっこという感じだ。ここでは電力不足のため、定期的に地域ごとに電力の供給を止めているのだ。いつ電気が止まり、それがどのぐらい続くのかは私たちにはわからない。とにかくひたすら電気がつくのを待つしかない。話では聞いていたが実際に電気がないと、ほんと何もできなくて不便。停電のない日本、停電を知らない私はなんと恵まれた生活を送っていることか。でも強制的に、しかもこんな夜に電気を止めなくても、さんさんと降り注ぐ太陽光で発電するとか、別の方法を考えたらいいのになんて思うのは私だけだろうか。
それにしてもここの人々は本当におおらかだ。向かいの家からはまたギターに合わせて大合唱が聞こえてきたし、この家でも、リビングにみんなが集まって火を囲んで座り、雑談したり、歌ったりしている。子どもたちなんかテンションもかなり上がっていて、踊ったり、影絵遊びをしたりして、むしろこの非日常を楽しんでる。停電は生活に支障をきたすけど、家族の団欒の時間をつくってくれることがわかった。
4月22日
2008/04/28
金曜にBIPに行ったのを事務のIbu.Inaに見られていた。昨日もまたFIKOMの学生がインタビューのために押しかけてきたと聞いた。ヤマシイことはないけど、何処に行ってもいろんな目に見られてる感じ。吉田先生なんかFIKOMの学生が押しかけてくることなんか知らなかったってのに…何であたしばっかなんだー?
スピーチコンテストの発音練習を頼まれたので、学校へ急いだのに頼んだ先生が体調不良でダウンというのを他の学生から聞いて、オイオイ初日から、何だそりゃ。って思った。そして放課後は演劇の練習に行った。演劇の練習、特に何もしてないけど、顔出す度に学生たちが張り切ってくれるのが嬉しい。
スピーチコンテストの発音練習を頼まれたので、学校へ急いだのに頼んだ先生が体調不良でダウンというのを他の学生から聞いて、オイオイ初日から、何だそりゃ。って思った。そして放課後は演劇の練習に行った。演劇の練習、特に何もしてないけど、顔出す度に学生たちが張り切ってくれるのが嬉しい。
4月21日
2008/04/28
違う町内のazanはやっぱり音色が違う。最近はazanで起きることは少なくなってきていたのに、今日は目が覚めた。加えて消し忘れていた携帯のアラームが早朝に鳴り響き、極めつけは間違い電話。誰だよAjiって?あたしゃAjiじゃないってば。結局今朝も早く目が覚めた。こっちではお湯が出ない家が多い。シャワーがついてない家が多い。鼠や蛙や特大ゴキブリはうじゃうじゃいる、顔を洗う水なども買った水を使う、など、いろんなことをここで初めて知った。日本暮らしが長いアグス先生の家での生活がいかに便利で恵まれてるかよくわかった。そして、やっぱり吉田先生はたくましいと実感する。
遅い朝食をすませ、準備を終えると次はKing’sへ一人向かった。今日は久しぶりにユリちゃんとミラさんと3人でお出かけ。道中またしても道を聞かれた。もぉ〜あたしはバンドゥン人じゃないからわからんっていつも言っとるでしょうが!集合場所はKing’s前のKFCだったけど、二人があまりに遅かったから、一人でしばらくウィンドーショッピング。みんな揃うとフードコートでスンダ料理の昼ごはん。フードコートだけど、スンダ料理だから手で食べるってのが何ともインドネシアらしい感じ。それからマックのMcフルーリーも購入。安いけどちっちゃいし、日本の方がおいしいと思った。その後matahariデパート、そしてKOTA KEMBANGへ行き、jalan-jalanのち帰宅。
遅い朝食をすませ、準備を終えると次はKing’sへ一人向かった。今日は久しぶりにユリちゃんとミラさんと3人でお出かけ。道中またしても道を聞かれた。もぉ〜あたしはバンドゥン人じゃないからわからんっていつも言っとるでしょうが!集合場所はKing’s前のKFCだったけど、二人があまりに遅かったから、一人でしばらくウィンドーショッピング。みんな揃うとフードコートでスンダ料理の昼ごはん。フードコートだけど、スンダ料理だから手で食べるってのが何ともインドネシアらしい感じ。それからマックのMcフルーリーも購入。安いけどちっちゃいし、日本の方がおいしいと思った。その後matahariデパート、そしてKOTA KEMBANGへ行き、jalan-jalanのち帰宅。
4月20日
2008/04/28
Malam Semi Budaya
文化の夜とでも言おうか。今日は一日がかりのスペシャルデーだった。
朝、Gedebageにある吉田先生邸へ向かう。彼女は一人で一軒家に暮らしている。エスニック調の家具や置物が揃い、素敵な茶器があり、部屋には清々しい音楽が流れていて、カフェのようなお宅。もともと芸術を専門としているため、知り合いが作ったCDもたくさんある。オリジナルのインド音楽、ネシア音楽などを聴きながらココナッツのクッキーを食べてまったりネシア青年たちが来るのを待つ。彼女はスンダのガムラン(gamelan)一式も持っている。バリやジャワのガムランは有名だけど、スンダのガムランは日本人にはマイナーどころ。ネシア人でさえ一式持ってる人は珍しいのに、まして日本人で持ってる人なんてどれ程いるのだろうか。そんな楽器を借りるためにネシア青年が来ることになっていた。
予定時間を大幅に遅れて二人のネシア人が到着。楽器を運ぶためにangkotも確保したらしい。麦藁帽子のアグスレンディ君は、二十歳前後だろうか、まだ若いのにガムラン奏者として高い評価を得ていて、日本公演を始め、世界中で公演をしているらしい。韓国公演なんか3回も行っていて、次はポーランドへ行くことが決まっているとか。自費で海外へ行くのがとても難しいネシア人でも一芸に秀でていればこんなにチャンスがあるのか、とひとしきり感心。
楽器を詰め込むと、彼らのkos(下宿)へ向かった。待っていましたとばかりに若者たちがたくさん出てきた。今日の演奏者は芸術高校時代の仲間たちの集まりで、みんな大学生というわけではないらしい。その中に一度学内で会ったスンダ語学科の学生もいた。そこで学生の下宿に初潜入したわけだけれども、これが想像を絶するものだった。独房かと思うぐらい何にもないの!「どうぞ」と言われてアグスレンディ君の部屋に入ると、6畳程の窓もない薄暗い部屋にベッドとして使われているマットレスが1枚、小さなクローゼットが一つ、それから太鼓。たったそれだけの部屋。私はちょっとここには住めないな…。それから私は別の青年のバイクに乗せられ、ひたすら長い道のりを走った。自転車のヘルメットだし、すごいスピードで飛ばすし、粉塵排ガスのせいで目なんて開けていられない。それでもふと前を見ると、このバイクにはなんとバックミラーがないことに気づいた。その割には彼は全然目視もしていないし、エラく飛ばしているし、よからぬ想像が頭の中を始終駆け巡っていた事は言うまでもない。それでも何とか会場に着くと、すでにリハのために人がたくさん集まっていた。今日の会場はバンドゥン郊外にあるホテル。観光地もないのにでっかくどーんと立っているけど、ホテル自体はすごく広くて綺麗だし、設備も充実してる。本番は夜だからかなり時間があった。客の振りして館内をうろつく不審(?)な日本人…?
夜になってみんなの所へ行くと、男性陣は赤みがかった揃いのバティックに、女性陣は妖艶な伝統衣装に身を包み、まるで別人。さっきまで中学生みたいにはしゃいでいた彼らは一体どこに?って感じ(笑)。そして周りを見渡してみると、アチェの人、マラユの人、インドの人、ミナンカバウの人、華僑、それぞれが伝統衣装やらドレスやらに着替えていて、ジーンズの日本人二人は明らかに浮いていたと思う。こんなとき着物なんかに着替えれば違ったんだろうとは思うけど、こんな場所に連れて来られるなんて会場に着くまで知らされてなかったし、移動はバイクだったし、今更もうどうしようもなかった。
今日のイベントはUNPADとマレーシアの提携大学との交流イベントのようなもので、マレー人やインド人の留学生が多い医学部が中心という感じだった。学長やお偉い先生方もたくさん来ていて、ボールルームには数百人の関係者がいたと思う。こんなところへ来てもまた大学が関わってくるなんて、どんだけおっきな組織なんだろう、この大学は。
どさくさ紛れにホテルのバイキングをめいっぱい頬張りながら、いろいろな民族の出し物を見る。どれも初めて見るものでとても面白かった。さっきの青年たちも凛々しくてかっこよかった。自分がこんな所にいることが何だか夢みたい。
前半から時間が押しまくりで会が終了する頃にはもう11時を過ぎていた。マイペースな彼らの帰り支度が終わると、今度はangkotの助手席に乗せられ、Gedebageまで直行。楽器を手際よく下ろすと、青年たちは下宿へ帰っていった。そして日本人女二人が語る語る。夜はどんどん更けていった。
文化の夜とでも言おうか。今日は一日がかりのスペシャルデーだった。
朝、Gedebageにある吉田先生邸へ向かう。彼女は一人で一軒家に暮らしている。エスニック調の家具や置物が揃い、素敵な茶器があり、部屋には清々しい音楽が流れていて、カフェのようなお宅。もともと芸術を専門としているため、知り合いが作ったCDもたくさんある。オリジナルのインド音楽、ネシア音楽などを聴きながらココナッツのクッキーを食べてまったりネシア青年たちが来るのを待つ。彼女はスンダのガムラン(gamelan)一式も持っている。バリやジャワのガムランは有名だけど、スンダのガムランは日本人にはマイナーどころ。ネシア人でさえ一式持ってる人は珍しいのに、まして日本人で持ってる人なんてどれ程いるのだろうか。そんな楽器を借りるためにネシア青年が来ることになっていた。
予定時間を大幅に遅れて二人のネシア人が到着。楽器を運ぶためにangkotも確保したらしい。麦藁帽子のアグスレンディ君は、二十歳前後だろうか、まだ若いのにガムラン奏者として高い評価を得ていて、日本公演を始め、世界中で公演をしているらしい。韓国公演なんか3回も行っていて、次はポーランドへ行くことが決まっているとか。自費で海外へ行くのがとても難しいネシア人でも一芸に秀でていればこんなにチャンスがあるのか、とひとしきり感心。
楽器を詰め込むと、彼らのkos(下宿)へ向かった。待っていましたとばかりに若者たちがたくさん出てきた。今日の演奏者は芸術高校時代の仲間たちの集まりで、みんな大学生というわけではないらしい。その中に一度学内で会ったスンダ語学科の学生もいた。そこで学生の下宿に初潜入したわけだけれども、これが想像を絶するものだった。独房かと思うぐらい何にもないの!「どうぞ」と言われてアグスレンディ君の部屋に入ると、6畳程の窓もない薄暗い部屋にベッドとして使われているマットレスが1枚、小さなクローゼットが一つ、それから太鼓。たったそれだけの部屋。私はちょっとここには住めないな…。それから私は別の青年のバイクに乗せられ、ひたすら長い道のりを走った。自転車のヘルメットだし、すごいスピードで飛ばすし、粉塵排ガスのせいで目なんて開けていられない。それでもふと前を見ると、このバイクにはなんとバックミラーがないことに気づいた。その割には彼は全然目視もしていないし、エラく飛ばしているし、よからぬ想像が頭の中を始終駆け巡っていた事は言うまでもない。それでも何とか会場に着くと、すでにリハのために人がたくさん集まっていた。今日の会場はバンドゥン郊外にあるホテル。観光地もないのにでっかくどーんと立っているけど、ホテル自体はすごく広くて綺麗だし、設備も充実してる。本番は夜だからかなり時間があった。客の振りして館内をうろつく不審(?)な日本人…?
夜になってみんなの所へ行くと、男性陣は赤みがかった揃いのバティックに、女性陣は妖艶な伝統衣装に身を包み、まるで別人。さっきまで中学生みたいにはしゃいでいた彼らは一体どこに?って感じ(笑)。そして周りを見渡してみると、アチェの人、マラユの人、インドの人、ミナンカバウの人、華僑、それぞれが伝統衣装やらドレスやらに着替えていて、ジーンズの日本人二人は明らかに浮いていたと思う。こんなとき着物なんかに着替えれば違ったんだろうとは思うけど、こんな場所に連れて来られるなんて会場に着くまで知らされてなかったし、移動はバイクだったし、今更もうどうしようもなかった。
今日のイベントはUNPADとマレーシアの提携大学との交流イベントのようなもので、マレー人やインド人の留学生が多い医学部が中心という感じだった。学長やお偉い先生方もたくさん来ていて、ボールルームには数百人の関係者がいたと思う。こんなところへ来てもまた大学が関わってくるなんて、どんだけおっきな組織なんだろう、この大学は。
どさくさ紛れにホテルのバイキングをめいっぱい頬張りながら、いろいろな民族の出し物を見る。どれも初めて見るものでとても面白かった。さっきの青年たちも凛々しくてかっこよかった。自分がこんな所にいることが何だか夢みたい。
前半から時間が押しまくりで会が終了する頃にはもう11時を過ぎていた。マイペースな彼らの帰り支度が終わると、今度はangkotの助手席に乗せられ、Gedebageまで直行。楽器を手際よく下ろすと、青年たちは下宿へ帰っていった。そして日本人女二人が語る語る。夜はどんどん更けていった。
4月19日
2008/04/28
今日は学生が来ると言っていたけど本当に来るのか来ないのか、よくわからないままもうお昼。ほんとみんなkira-kira(=about)だ。ベッドの上で先日母が送ってくれた『宝島』5月号を読んでる。この雑誌、別に私がリクエストしたわけじゃないけど、読んでみたらなかなか面白い。「日本に恋する台湾」のページでは、台湾だけじゃなくてこっちでもそうだよなぁとひとりで頷いたり突っ込んだり。経済関連のページでは、このまま日本経済が後退すると2050年には経済力がインドネシアと同じレベルになると書かれていた。インドネシアと同じレベルって…?生活していながらあまりピンとこない。それは具体的に何を意味しているんだろう?異常なほどのインフレになることを意味しているのか、格差がますます激しくなって、ホームレス中学生が激増することを意味しているのか。
インドネシアに来て驚いたことVol.2
2008/04/28
第二弾突入。
・インドネシア人はロミオとジュリエットが好きらしい
Ciwalkで見た映画はネシア版ロミ&ジュリ…だったし、くどいほどCMでやってるチョコレートの商品名もそういえばロミオ(ブラックチョコ)とジュリエット(ホワイト)だった。政治とか宗教とか民族とか入り混じってるこの国ではそういう悲しい恋愛をする若者が多いのだろうか?でも確か韓国映画でもこういうのあったよね?タイトル忘れたけど北と南の若者が云々てやつ。
・洪水は泳ぐのに絶好らしい
ここに来て何度か目にした洪水のニュース。それを見て驚いたのは、溢れかえった泥水をプールのように遊んでいる子どもたちの映像が毎回流れていること。何故誰もそれを止めないのか??
・何かあったら写真、何もなくても写真
どこの家にもリビングには大きな額に入った家族の集合写真とか、子どもの卒業式の写真がある。部屋にもたくさん写真がある(そういえばカナダホームスティしてたときもそうだったな)。プリクラ感覚でスタジオに行ったり、携帯の待ち受け画面に自分の写真を入れたり、というように写真は生活の一部になっているみたい。
・ショルダーバッグ、腕時計について
ショルダーバッグはあまり斜め掛けをしない。腕時計は右手にはめる人が多い。理由を聞くと、ただ単に癖なんだとか。不浄な左手に精密な時計をはめたくないのかもしれない。
・折り込みチラシがない
日本だったら新聞に挟まれてたくさん入ってくるスーパーなんかの折込チラシはここには全然ない。新聞広告はあるけど、チラシの類は街頭とかレストランの前とかで店員が直接配ってる。
・どこにでもゴミを捨てる
道端だけでなく、angkotの中、映画館の椅子の上、とにかくどこにでもゴミやタバコの吸殻を捨てる。乗り物の中に果物の皮や殻が落ちてたりする。その割には野良犬やカラスがいないのは何故だろう。
・鳥インフルエンザのニュースを見かけない
世界一発症率が高く、日本でも話題になっている割には無関心というか楽観的というかそこまでまだ手が回らないというか、ここで全くインフルエンザの話を聞かない。鶏を普通に家で飼ってる学生もいるし、ときどき道端を歩いてるからねぇ。それより塩分・油脂過多の高コレステロール食と運動不足による病気とか、タバコの吸いすぎによる病気とか、チフスとかみたいな従来の病気を治すのにいっぱいいっぱいなのかもしれない。
・「自動」や「セルフ」が少ない
何事も。というか、日本が何でも自動的なんだろうね。日本では自動販売機や自動ドアはもちろん、車もオートマが主流だし、窓もボタンで開けられる。タクシーのドアは自動だし、高速道路もETCで自動的に支払われる。携帯電話や授業料も自動的に引き落とされるし、GSやスーパーのレジもセルフでできる。インターネットさえあれば、買い物だってできるし。だから日本にいたら人と言葉を交わすことなく生活できてしまうね。でもこっちでは乗り物を降りるときも運転手に”kiri(左)”と言うし、喉が乾けば店に行って飲み物を買う。コピーするにもお店の人に頼むし、モールの中なんかにときどきある有料トイレの前にも人が座ってるし、常にどこかに誰かがいる。その割には私のネシア語はそんなに上達しているようには思えないけど…。
・インドネシア人はロミオとジュリエットが好きらしい
Ciwalkで見た映画はネシア版ロミ&ジュリ…だったし、くどいほどCMでやってるチョコレートの商品名もそういえばロミオ(ブラックチョコ)とジュリエット(ホワイト)だった。政治とか宗教とか民族とか入り混じってるこの国ではそういう悲しい恋愛をする若者が多いのだろうか?でも確か韓国映画でもこういうのあったよね?タイトル忘れたけど北と南の若者が云々てやつ。
・洪水は泳ぐのに絶好らしい
ここに来て何度か目にした洪水のニュース。それを見て驚いたのは、溢れかえった泥水をプールのように遊んでいる子どもたちの映像が毎回流れていること。何故誰もそれを止めないのか??
・何かあったら写真、何もなくても写真
どこの家にもリビングには大きな額に入った家族の集合写真とか、子どもの卒業式の写真がある。部屋にもたくさん写真がある(そういえばカナダホームスティしてたときもそうだったな)。プリクラ感覚でスタジオに行ったり、携帯の待ち受け画面に自分の写真を入れたり、というように写真は生活の一部になっているみたい。
・ショルダーバッグ、腕時計について
ショルダーバッグはあまり斜め掛けをしない。腕時計は右手にはめる人が多い。理由を聞くと、ただ単に癖なんだとか。不浄な左手に精密な時計をはめたくないのかもしれない。
・折り込みチラシがない
日本だったら新聞に挟まれてたくさん入ってくるスーパーなんかの折込チラシはここには全然ない。新聞広告はあるけど、チラシの類は街頭とかレストランの前とかで店員が直接配ってる。
・どこにでもゴミを捨てる
道端だけでなく、angkotの中、映画館の椅子の上、とにかくどこにでもゴミやタバコの吸殻を捨てる。乗り物の中に果物の皮や殻が落ちてたりする。その割には野良犬やカラスがいないのは何故だろう。
・鳥インフルエンザのニュースを見かけない
世界一発症率が高く、日本でも話題になっている割には無関心というか楽観的というかそこまでまだ手が回らないというか、ここで全くインフルエンザの話を聞かない。鶏を普通に家で飼ってる学生もいるし、ときどき道端を歩いてるからねぇ。それより塩分・油脂過多の高コレステロール食と運動不足による病気とか、タバコの吸いすぎによる病気とか、チフスとかみたいな従来の病気を治すのにいっぱいいっぱいなのかもしれない。
・「自動」や「セルフ」が少ない
何事も。というか、日本が何でも自動的なんだろうね。日本では自動販売機や自動ドアはもちろん、車もオートマが主流だし、窓もボタンで開けられる。タクシーのドアは自動だし、高速道路もETCで自動的に支払われる。携帯電話や授業料も自動的に引き落とされるし、GSやスーパーのレジもセルフでできる。インターネットさえあれば、買い物だってできるし。だから日本にいたら人と言葉を交わすことなく生活できてしまうね。でもこっちでは乗り物を降りるときも運転手に”kiri(左)”と言うし、喉が乾けば店に行って飲み物を買う。コピーするにもお店の人に頼むし、モールの中なんかにときどきある有料トイレの前にも人が座ってるし、常にどこかに誰かがいる。その割には私のネシア語はそんなに上達しているようには思えないけど…。
4月18日
2008/04/28
またまたBIP(Bandung Indah Plaza)で学生と待ち合わせ。どこへ行くにも集合場所はいつもBIPだ。今日は1年生Cクラスの学生と映画を見る約束をしていた。一緒に出かけた後の授業は学生のモチベーションが高くなる。一緒に食べたり見たり歩いたりすることで、学生が私に対して親近感を持つんだと思う。それでいて私のほうも学生の性格やいろんな情報を得ることができるし名前も覚えられる。会話レッスンというのは、授業形式でするのではなく、本来はこうあるべきなんだろうと思う。ま、時間とお金があればの話だけど。
今日もたくさんの学生が集まっていた。学生のお姉さんや、ITB(バンドン工科大学)の友だちを連れてきてる人までいた。そんなに日本人は珍しいのだろうか??BIPの映画館はいつも学生でごった返していて、平日でも入れたことがない。案の定、今日も人が多すぎて入れなかった。仕方なく、CiWALKへ行った。けっこうみんな行き当たりばったりだ。CiWALKはちょっとBIPよりランクが上らしく、平日はちょっとすいている。特にこれと言って話題作品はなかったので、値段が安いネシア映画(The Name of Love)を見ることにした。字幕も何もないし、学生はまだ1年生だからそんなに説明もできないし、私内容ちゃんとわかるんかなぁとちょっと心配だったけど、意外にも理解できて自分でもびっくり。でも映画の中身は微妙だった。私の論評をここで勝手に展開させてもらうと、
・まず、ストーリーが短絡的すぎる。ネシア版ロミオとジュリエットというのが大まかな流れだけど、何故異常なまでに両家が対立しているのか、どのようにして二人は出逢って恋に落ちたのか、そこんところが全くわからない。私の語学力にも問題があるのかもしれないけど、それでもロミ&ジュリ的展開になるまでが速すぎる。
・それから、制作が間に合わなかったのかと思いたくなるような中途半端な終わり方。わけのわからないままに登場人物が一人死亡し、to be continued…ってドラマじゃないんだし、何なの?って思った。この種の映画は引っ張ったところで続きが見たいとは思わないし、興行収入もそんなに出ないと思う。私としてはハッピーエンドで「よかったね」と終わると思っていたので何だか拍子抜け。
・そして、この映画で何を見せたかったのかよくわからない。ロミ&ジュリならラブストーリーが中心に来るはずだけど、両家の対立シーンばかりが印象に残ってしまって(クラブで殴りあったり、銃を撃ち合ったり)アクションものかと思ってしまう。所々出てくる変な効果音も気になる。
・悲劇だからたくさんの登場人物が泣くシーンが多いけど、ヒロインの女優は泣き方が美しくないことで有名らしく、学生たちからもあまり人気がないらしい。何故そんな女優をわざわざ起用したのかね?たしかにうめくような泣き方はヒロインには似合わない。ヒロインが泣く度にあちこちからくすくす聞こえてくるから、感情移入できない。
とまぁ、こんな感じ。それからみんなで集合写真をたくさん撮って(みんな写真好きだから)、解散。angkotの道中で料金について日本語で話してたら、知らないお兄さんが日本語で話しかけてきた。「私も日本語勉強していたんですよ」って。びっくり。インドネシアは世界で4番目に日本語学習してる人が多い国だから、そういうこともあり得るか。
今日もたくさんの学生が集まっていた。学生のお姉さんや、ITB(バンドン工科大学)の友だちを連れてきてる人までいた。そんなに日本人は珍しいのだろうか??BIPの映画館はいつも学生でごった返していて、平日でも入れたことがない。案の定、今日も人が多すぎて入れなかった。仕方なく、CiWALKへ行った。けっこうみんな行き当たりばったりだ。CiWALKはちょっとBIPよりランクが上らしく、平日はちょっとすいている。特にこれと言って話題作品はなかったので、値段が安いネシア映画(The Name of Love)を見ることにした。字幕も何もないし、学生はまだ1年生だからそんなに説明もできないし、私内容ちゃんとわかるんかなぁとちょっと心配だったけど、意外にも理解できて自分でもびっくり。でも映画の中身は微妙だった。私の論評をここで勝手に展開させてもらうと、
・まず、ストーリーが短絡的すぎる。ネシア版ロミオとジュリエットというのが大まかな流れだけど、何故異常なまでに両家が対立しているのか、どのようにして二人は出逢って恋に落ちたのか、そこんところが全くわからない。私の語学力にも問題があるのかもしれないけど、それでもロミ&ジュリ的展開になるまでが速すぎる。
・それから、制作が間に合わなかったのかと思いたくなるような中途半端な終わり方。わけのわからないままに登場人物が一人死亡し、to be continued…ってドラマじゃないんだし、何なの?って思った。この種の映画は引っ張ったところで続きが見たいとは思わないし、興行収入もそんなに出ないと思う。私としてはハッピーエンドで「よかったね」と終わると思っていたので何だか拍子抜け。
・そして、この映画で何を見せたかったのかよくわからない。ロミ&ジュリならラブストーリーが中心に来るはずだけど、両家の対立シーンばかりが印象に残ってしまって(クラブで殴りあったり、銃を撃ち合ったり)アクションものかと思ってしまう。所々出てくる変な効果音も気になる。
・悲劇だからたくさんの登場人物が泣くシーンが多いけど、ヒロインの女優は泣き方が美しくないことで有名らしく、学生たちからもあまり人気がないらしい。何故そんな女優をわざわざ起用したのかね?たしかにうめくような泣き方はヒロインには似合わない。ヒロインが泣く度にあちこちからくすくす聞こえてくるから、感情移入できない。
とまぁ、こんな感じ。それからみんなで集合写真をたくさん撮って(みんな写真好きだから)、解散。angkotの道中で料金について日本語で話してたら、知らないお兄さんが日本語で話しかけてきた。「私も日本語勉強していたんですよ」って。びっくり。インドネシアは世界で4番目に日本語学習してる人が多い国だから、そういうこともあり得るか。
4月17日
2008/04/28
壁にいようと食卓を走っていようと、もうヤモリにいちいち驚くことはなくなった。そんな感じで私の中の習慣や感覚は少しずつ変わっているんだなぁということに気づく。
今日も至って普通の一日。日本語学科の食堂へ行くと知っている学生だらけだから、いろんな学生が集まってきていつの間にか人だかり。休み時間が短いから急いで食べてるつもりなのに、いろんな質問に答えたりしてるから、結局他の学生より食べ終わるのが遅くなってしまう。
先日のインタビュー騒動はいろいろな先生を通して学生にも伝わったらしく、もうパッタリ依頼はなくなった。特にバスに乗れずangkot3回乗って帰ったというのがみんなを”Kasiha~n!”と思わせたのかも。FICOM(コミュ学科)の学生には申し訳ないけど、仕方ないよね。
今日も至って普通の一日。日本語学科の食堂へ行くと知っている学生だらけだから、いろんな学生が集まってきていつの間にか人だかり。休み時間が短いから急いで食べてるつもりなのに、いろんな質問に答えたりしてるから、結局他の学生より食べ終わるのが遅くなってしまう。
先日のインタビュー騒動はいろいろな先生を通して学生にも伝わったらしく、もうパッタリ依頼はなくなった。特にバスに乗れずangkot3回乗って帰ったというのがみんなを”Kasiha~n!”と思わせたのかも。FICOM(コミュ学科)の学生には申し訳ないけど、仕方ないよね。


TOP