プロフィール
qianhui
  • 作者:qianhui
  • (略歴)
    2006年4月半ば:悶々としていたわたしは就活をやめた。自分を冷静に見つめなおし、会社のために仕事をするのではなく、自分がやりたいこと、興味があることを仕事にしたいと考えるようになる。

    2006年4月末:資格取得という目標を掲げ、大学と専門学校という「二束の草鞋」生活を始める。

    2006年5月:ひょんなことからある人物を紹介され、いつの間にか大学院を目指すことになる。

    2006年秋:目標だった資格を取得し、大学院への切符も手にする。

    2007年春:大学、専門学校を修了し、大学院生として学校に通いながら、国内の日本語学校で非常勤講師として働き始める。

    2008年2月:インドネシアで働くチャンスをいただき、現在に至る。
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DTIブログ!

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インドネシアに来て驚いたことvol.3

好評につき第三弾。というのは嘘で、自己満のために書いているわけだから好評も不評もない。
・初対面なのに根掘り葉掘り聞く
来たばかりの頃は「インドネシア語もっとがんばらないとね」なんてよく言われてたのが、最近「pintar bhs Indonesia!」という風に変わってきて調子に乗ってきたんであります。というより聞かれる項目がいつもほぼ同じだから、ただ単に答え慣れてきただけなのかもしれないけど。どこに住んでるか、誰と住んでるか、何歳か、恋人はいるか、結婚しているか、インドネシア人と結婚する気はないのか、毎日何で学校へ行くか、休みの日は何をするか等。そんなことどうでもよいではないかー!!と思ったときは”rahasia”と言って微笑んで謎の外国人を醸し出してみる。ただあまり乱用すると付き合いの悪い奴になってしまうので注意が必要。
・男も女も髪を隠す
女の人が宗教上kurudungとかいう帽子型ベール(?)とかストール被ってる(ずれない様に待ち針で止めてる!)のはまぁ理解できるとして、こっちでは男もよく被っている。もちろんベールとかじゃなくて、被ってるのはパーカーのフード!あれは日本ではデザインというか飾り程度にしか使われてないけど、こっちの男たちは何故かネズミ男スタイルが多い。髪型が決まらないのか、なんなのか、真相は謎。ちなみに日本ほどハゲ人口は多くない。バーコードは皆無というか、バーコード自体が日本独自の文化なのか??
・突然敬虔なムスリムになる
ちゃきちゃきのおてんば娘って感じの1年生DクラスのRさん。久しぶりに今日会ったらなんと、突然ベールを被っていた。話し方や振る舞いまでも大人しくなってまるで別人。「どうしたの?」と尋ねると、「昨日から心が変わりました」と。心が変わってベールを被るようになったらしい。「いつまで被るの?」と聞くと、「これからずっとです」とのこと。神のお告げがあったのか、この連休に一体何があったんだろう??

5月6日

食堂はレストランじゃないからそこまで最初から期待はしないけど、でも意外なものが出てきてちょっと驚いたりもする。他の先生たちは雑用の人にお昼を買ってきてもらうことが多いみたいだけど、私は一人でふらふら食堂へ出かけて行ってはその辺の学生と交流しながら食べている。今日はPSBJの食堂で偶然会った1年Cクラスの学生と同じメニューを注文してみた。そして出てきたのはインスタント麺。。やはり麺といえばこっちではあの波々の黄色い乾麺を指すようだ。でも3年前ジョグジャのwarungで食べたmie kuahの麺はもっとおいしかったような気がするけどなぁ??そして今日食べたのは黄色い麺と青梗菜と卵が具として入っていた。まぁこれで3,500Rp.なら安いか。だから3,000Rp.のアボカドジュースも注文してみた。アボカドジュースってどんなん?くどいのかな?って思ったけど、思ったよりすっきりした味。でも何故か上にチョコレートソースがかかってた。個人的にはそういう余計な甘味付けは不要なんだけどな。こっちの飲み物は何でも過剰に甘い。だから私は可能な限り砂糖を除去する。コーヒーならブラック、紅茶ならtawarを徹底する、という具合に。さらに他の学生は名前忘れたけどえ?と思えるメニューだった。白いご飯の上に目玉焼き(但し目玉型になってない)とクルプック(せんべい)が乗っかってるだけ。何ですか、それは?せめてオムライスみたいにご飯全体を覆ってあげてよ。。

スンダ語、インドネシア語つれづれ観察記

Cicadas,Cibiru,Cicaheum,Ciwastra,Cirebon,Cipanas,Cianjur,Cireunyi,Cihamplas…
これらはすべてここら辺の地名。共通しているのは見てのとおり、”Ci”の音。スンダ語でCiは水を意味し、青い水、赤い水、熱い水、いろんな水が地名になっているらしい。もとは川を意味するチャ(”ca”かな?)という言葉から来ているとのこと。
そこで私はひらめいた。
川を中国語読みすると”chuan”。これってチャの音にそっくりじゃない??もしほんとにciがchuanから来ているんだったら面白いなぁなんてふと思ったのでした。

家族間で互いを呼び合う場合、日本語では一番最後に生まれた人に視点を合わせた呼び方がなされる。例えば、夫婦に子どもが生まれれば、母に当たる人は子どもから見た視点で一人称でも二人称でも「お母さん」になる。さらに子どもが生まれれば、最初の子どもは祖父母や両親など、自分より年上の人からも「お兄ちゃん(お姉ちゃん)」と呼ばれるようになる。
これは日本語特有のものだと思っていた。ところがそうでもない。インドネシアも実は同じような呼び方をしているのだ。
インドネシアと日本、語彙(ebi,moci,hade…)や表現の仕方(家族間での呼称、婉曲表現を好む…)だけでなく、ボディーランゲージなんかもよく似ていたりする。人を呼ぶときは手の甲を上に向けて手招きするし、約束の指切りも同じだ。異なるところだけでなく、共通しているところを見つけるのもおもしろい。

5月5日

日本ではこどもの日ですが、そんなものはここにはなく、今日は普通の月曜日。
スピーチコンテスト学内予選。14時開始だと言うのに14時に会議室に行っても誰もいなかった。結局30分以上たったところでようやく選考が始まった。遅刻だけに留まらず予選なのに来なかった学生もいて、jam karet(ゴム時間)どころかjanjian karet(ゴム約束)じゃんってひとりつっ込みたくなったよ。
それにしても審査ってほんと難しい。今まで学生たちの練習を見てきたからそれぞれの個性やいい所がわかってる分、誰を落とすか悩んでしまう。できればみんな本大会にも出てほしいんだけど、そういうわけにもいかない訳で…

5月4日

長いと思った休みも、過ぎてしまえばあっという間だ。結局大して生産的なことをするでもなく終わってしまったように思う。でも今日は一日PCで音楽を聴きながら、今まで裏紙とかノートのあっちこっちにメモみたいに書いていた教案をWordできれいにまとめてみた。見やすくなって満足。

5月3日

部屋の掃除のち休憩。ユリちゃんは明日から遠足というか修学旅行というか、そんな感じでジョグジャへ行くから、今日は美容院で髪を整えてもらうそうだ。わざわざ明日からの旅行のために美容院へ行くなんて、女の子だ。「一緒に行く?」と誘われた。いつもならどこでも「行く、行く」と即答なんだけど、今日はちょっと考えた。安いとはいえ、ブローのためだけにangkot乗って美容院へ行くのもなぁ。かと言って切ったり染めたりはちょっと怖いよなぁ。雨も降りそうな天気だし、身支度するのも面倒だし、ここへ来て過剰に色気放出してもなぁ(違)。と、休みの日は完全に干物化してきた結果、行かないことにした。どんな風に仕上がるのかまずは見てみないと。で、帰ってきたユリちゃんはCMに出てくるお姉さんみたいに黒髪がサラサラになっていたが、前髪が線を引いたみたいにパッツンと一直線になっていた・・・!「シャンプーのCMみたいにサラサラだね。これで明日の写真映りもバッチリだね」という私の一言で満面の笑みになったことは、言うまでもない。

5月2日

もうネシア生活も4ヶ月目かぁ。もう四分の一終わったと言えば早い気がするけど、まだ半分以上あると思えば先は長い。夏休みはこんな感じの連休が2ヶ月以上も続くのだろうか?仕事がなければ収入はないわけで、時間と金をまるで出しっぱなしの水のようになんとなく費やすことになるのだろうか?それならいっそ日本へ帰った方がよいのかな。でもきっと日本へ帰ったら今みたいにのんびりしてなんていられない。家の仕事はいっぱいあるだろうし、バイトもした方がいいかもしれない。でも、どんなに忙しくても、何でもあって、生活するにも便利で、大好きな家族もいる日本の生活のほうが、私は好きだなぁと思う。別にここでの生活が辛いわけではないけど、20年以上も生活してきて慣れているスタイルのほうがやっぱり私に合ってるんだろうなって思う。
で、一時帰国するのかどうするか。
うーん、たぶん帰らない。と思う。この一年はここでしか経験できないことをいろいろやってみたいし、休みが長けりゃ小旅行もいろいろできるかなぁなんて(と言っても今まで数々のスカしにがっかりしたり、こないだのスンダ語学科のガムランは時間が取れなくてまだ全然行けてなかったりする…)。というより、日本という現実に引き戻されるのが怖いのかもしれない。そして再び日本の生活を思い出したらまたここへ戻って来たくなくなるかもしれない。それがちょっと心配なんだ。要は気持ちの問題なんだよねぇ。はぁ〜明日も明後日も休み。

5月1日

martabakってボリュームたっぷりでおいしいね。今日はデザートにフルーツポンチも食べた。辛いものが多い食卓にちょっと甘いものが彩りを添えてくれるとテンションが上がる。
祝日。何もない祝日。テレビは似たような番組ばっかで見飽きてしまった。音楽を聴きながらダラダラごろごろ過ごしてたらそれなりに時間は過ぎていく。来たばかりの頃はこういう過ごし方は退屈で死にそうだったのに、最近そこまで苦痛じゃなくなってきてる。人間楽な方へ流れて行くんだなぁと実感するよ。日本ではみんな忙しく働いてるのに、ここから私は何もできないのがちょっともどかしい。

4月30日

うがいをしてペッと捨てると、唾液が黒い感じです。水が汚れているのか、空気が汚れているのか、初めての経験にちょっとぎょっとします。鼻毛が伸びる程度のかわいい問題じゃありません。
そんなこんなで、今日は思いっきり毒づいてみたいと思います。

なんてったって今日の帰りは最悪だったからね。月曜日に最悪を経験したばっかだというのに。
夕方から降り出した雨がついには土砂降りになって、angkotを降りた時には大変なことになっていた。道が川のようになって、足元が全然見えないの!これがbanjirか!!ジャカルタほどではないけど、日本でこの深さだったらニュースになるんじゃない?ってぐらい。ズボンの裾を折り曲げても無駄だと悟り、そのまま意を決して味噌汁みたいな水の中をズボズボ突き進んでいった。前にも書いたように、こっちの道は凸凹が多くて足場が悪い。突然深みにはまったり、すれ違う車が起こす大波によろめいたり、ターミナルから家までの数百メートルがとてつもなく長くて、もう半分泣きそうだった。そして、凸凹だらけなのに舗装し直さない道路と排水設備の整っていない街を恨んだ。しょっちゅう洪水に悩まされている割にはこれと言って対策を何も施さないこの国の人々さえも恨めしく思った。日本の2倍近くも人間がいるくせに「文殊の知恵」がないというか、自然現象だから仕方ないと最初から諦めているのか、どうでもいいデモとかストとかマイナス方向の力を働かせる気力や暇があるんなら、目の前に広がってる問題をまずなんとかしろって思った。国全体が他力本願というか、ナァナァな感じがこういうときちょっとイラっときたりする。勢い余ってついでに言うと、今日だって2つ目の1年生の授業、研究では実験群のクラスなのに、出席者がなんとたった一人だった。まぁだいたい今日は少ないだろうなって予想はついてたけど、一人はないでしょう。。でも何で今日は学生来なかったと思う?

4月29日

今朝は先生もJatinangorに行くことを突然知らされ、慌てて食べかけのパンをタッパーに詰め込んで、車に飛び乗った。車内で朝食を済ませ、学校に着いたのは7時半。早いでしょ?事務室に入って雑談後、研究室に入ってPCを開いたら、画面の反射で自分の顔に何か付いていることに気づいた。ん?と思って鏡で見ると、なんと口の横にトッピングチョコの粒々が…Σ( ̄□ ̄;)!!
ぬあぁぁ〜チョコくっつけて歩いていたのか!不覚。
不覚とか失敗と言えばここへ来ていろんなことやってる。男子学生だと思ってた学生が女子学生だったり(その後彼女は意図的か、2週連続でピンクの服を着てきた)、子どもたちが”koron”と言って喜んでたので一緒に盛り上がってみたら実はネシア語で「鼻くそ」の意味だったり。人違いはよくやるし、こないだなんか学生たちに混じって目の前に先生がいたのに、気づかずスルーしてしまった。
まぁ、そんなこともよくあるけど、凹むな自分(汗)。