プロフィール
qianhui
  • 作者:qianhui
  • (略歴)
    2006年4月半ば:悶々としていたわたしは就活をやめた。自分を冷静に見つめなおし、会社のために仕事をするのではなく、自分がやりたいこと、興味があることを仕事にしたいと考えるようになる。

    2006年4月末:資格取得という目標を掲げ、大学と専門学校という「二束の草鞋」生活を始める。

    2006年5月:ひょんなことからある人物を紹介され、いつの間にか大学院を目指すことになる。

    2006年秋:目標だった資格を取得し、大学院への切符も手にする。

    2007年春:大学、専門学校を修了し、大学院生として学校に通いながら、国内の日本語学校で非常勤講師として働き始める。

    2008年2月:インドネシアで働くチャンスをいただき、現在に至る。
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インドネシアに来て驚いたこと。

誰かさんのパクリというか、ほんとだんだん慣れてしまうと小さな発見もできなくなってしまうから。。

いちいち驚く感覚がなくなってしまう前に…
・人が多い。とにかく人が多い。
いつどこへ行っても人が多い、車が多い、バイクが多い。公共交通機関に時刻表がないのも頷ける。そんなものは必要ない。常に流していないと人が溢れてしまうし、渋滞がひどいから時刻表どおりに走れない。本当は鉄道をもっと発達させればいいんだけどね。家の中だって、もともと家族が多いし、来客も絶えなくて人が多い。angkotもバイクもバスもドアが閉まらないほど、潰れそうなほど人を乗せて走るのも頷ける。そうでもしないと人を運びきれないし、効率も悪いからだ。うーん、人口の増えすぎはよくない。
・生活の糧を得る方法
 人が多すぎると、仕事に困る。ここには日本では見かけない暮らしをしている人を多く見かける。warungという屋台を路上で開いている人、angkotやベチャ(自転車の人力車みたいな乗り物)やojeg(バイクタクシー)、馬車の運転(?)手。angkotやバスに乗り込んできて物を売ったり、ギターやバイオリンをかき鳴らし、歌を歌ったりする人(これは下宿の大学生なんかも小遣い稼ぎにやってるらしい)。交差点で信号待ちの車の掃除をしたり、新聞やお菓子やおもちゃや飲み物を売ったり、中にはタバコのばら売りをしている人なんかもいる。それから交通整理をしてドライバーから小銭をもらう人。物乞いは子どもから年寄りまで至るところにいる。いい暮らしをしてる家庭にはbibiといわれるお手伝いさんや運転手がいる。キャンパスでもkueを売る子どもや、ゴミを集めてる人や、笛を吹きに来る人や、baso tahu売りの人なんかもいる。住宅地では早朝から夜遅くまで、パン、アイス、ドーナツ、sate(串焼き)、nasi goreng、豆腐、bubur ayam(チキン粥)、牛乳などを売りに来る人々がいる。
・乗り物に関して
 エアコンバス、タクシー、自家用車を除く乗り物は扉が閉まらないか、あるいは存在しない。それでもマスクをする人はいない。乗り降りの際は完全に止まらないことがしばしばあるので、飛び乗って飛び降りる形になる。雨季に降る強い雨のために道路は悪い上に(舗装し直すことはないのかな?)スピードが出るため、かなり揺れる。バイクなら水はねは避けられない。予算調整のために舗装しまくってる日本の道路がいかに快適かわかるよ。warungがいっぱいあることもあって歩道と車道の区別がない。自転車だってベチャだって、車と同じスピードで(!)飛ばしている。何でそんな速いのか?こっちではママチャリではなくみんなマウンテンバイクだから速いのか??マウンテンバイクでも二人乗りしている。
・食事に関して
とにかく油を使う。油を使わないメニューはないのかってぐらい。kueも焼いたもの、揚げたものが多い。家庭では、いくつかの大皿におかずが盛られており、そこから好きなものを好きなだけ取り分けて自分のご飯の周りに盛って食べる食べ方が多い。右手にスプーン、左手にフォークを持って食べるのが一般的だが、手で食べてもよい。食べるときはもちろん、大皿のおかずを取るときにも手を使うことができる(ただし右手のみ)。肘をつくなとか食べながらしゃべるなとか、日本ほどマナーにうるさくはないらしい。クルプックというせんべいはここでの食事の際には欠かせないもので、屋台でも、たとえ日本料理のレストランでも、サービスとして出てくる。Bandungは料理がおいしいことで有名で、肉、魚、野菜、何でも入っている。でも牛乳、ヨーグルト、チーズのような乳製品はあまり摂らない。
・トイレが少ない
人が多い割に少ない。そして汚い。紙を使わず水を使うため、床が濡れていて臭い。ときどき水が出ないことがある。普通の家はトイレとシャワーが一緒になっていて(しかしユニットバスとは異なる)、トイレは玄関から最も遠い場所にある。ちなみにke belakang(=後ろへ行く)は「トイレへ行く」の意味。なるほど、確かに後ろにある。
・植物や動物
自然は多い。熱帯は植物も動物も力強い。街路樹はものすごく背が高いし、街の中に緑はたくさんある。果樹もいっぱいある。ランブータンの木、パパイヤの木、椰子の木、学校にもバナナの木とかあって、普通に果実がたくさんぶら下がってる。でも屋久島とかの木とは違ってひょろ長い木が多い。いろいろな蝶が飛び、虫も多い。ヤモリは屋内に住み、野良猫もあちこちで見かける。犬はほとんど見かけない。カラスや鳩もいない。先生は花や珍しい植物が好きで、これでもかというほど収集するのが趣味らしい。市場で買ってきたり、人んち行ってもらってきたり(!)して、週末はいつも私の部屋の窓の目の前で庭弄りをしている。窓の外で人影がちらちらして気が散るし、窓開けると虫が入ってきそうで、窓もうかうか開けられない(汗)。
・学校生活
朝早い分、昼過ぎに授業が終わる。高校は7時に始まるが、遅刻すると1限目の授業に出られない。制服が曜日ごとに違ったりする(水曜日はバティック、金曜日は礼拝用の服など)。大学に制服はないが、入学のときに校章入りのブレザーが配られ、お揃いのTシャツを持っている。D3(ディプロマ3年制)コースの学生はテストの日には白いシャツを着なければならない。高校生以上ならバイクや車で学校に来る人もいる。アルバイトをしている人はめったにいない。クラブ活動もそこまで盛んではないらしい。大学の先生たちは授業が終わったらまっすぐ帰るか、他の大学でも授業をするか、大学院の研究があるか(最近博士課程を履修しながら教壇に立つ先生が増えているらしい)で、アポを取るのが難しい。それでもバスの時間待ちをしている人なんかは5,6台しかない学校のPCでyoutubeを見ている。
授業で配布物がある場合は、授業の最初に学生にコピー屋さんでコピーしてもらうように頼む。学生はそこでお金を出し合ってコピーに行く。CDラジカセを使いたい場合も授業の最初に学生に持ってきてもらうよう頼む。
・現代文化
思った以上に若者たちは日本という国に憧れている。マンガやアニメは日本のものばかりだし、音楽やドラマのDVDは安価で手に入る(ちなみにマンガは翻訳されても右開きのまま)。warnetというネットカフェでは様々な情報が溢れている。最近では第二外国語で日本語を履修できる高校も増えており、ますます日本ブームの模様。バイクや車やテレビは日本の会社のものばかり。電化製品については洗濯機、掃除機、電子レンジなどはまだ一般的ではない。私の滞在先でも掃除機や電子レンジはないし、ご飯も時々鍋で炊いている。エアコンや扇風機は今のところあまり必要性を感じない。
・伝統文化
民族意識が強いため自分たちの文化や母語を大切にしようという意識も強い。誕生日などのイベントには親戚一同集まってお祝いしたり、連休のたびに下宿生は実家へ帰る。何もなくても親戚が集まっている。結婚式などは今でも伝統的な形で盛大に行うことが多い。夫婦の民族が異なる場合は、お互いの文化を尊重し、それぞれの形式で行うらしい。
・貨幣価値
インドネシアのお金は100,200,500Rp.は硬貨、1000,5000,10000,20000,100000Rp.は札である。日本に比べるとインフレみたいに大きなお金が動く。例えば屋台で食事をしても、1回に5000〜1万Rp.使うといった具合。だから小銭はあまり価値がなくて、買い物でレシートに50Rp.と表示されても普通は切り上げられる。どうせ切り上げるんなら最初から書かなくてもいいのにね。前はお釣りがキャンディだったこともあるけど、今はあんまりなくなってきたみたい。驚いたのは携帯電話の値段。まぁピンきりだけど、電話機だけで200万Rp.以上もするようなのを学生たちは使ってる。親からのプレゼントとはいえ、高すぎる!!私は最低限の機能があるほんと安いの買って、それでも50万Rp.もしたような痛い支出だったんだけど。
・言葉に関して
日本語は曖昧で婉曲表現が多いと言われるが、インドネシア語も実はそうだったりする。詳しく説明することはできないけどけっこう日本語に近いみたい。それから偶然の一致なのか何なのか、畳語が多かったり、ボディーランゲージが同じだったり、干しえびのことをebiと言うような語彙の一致まである。人の名前でもAi,Eri,Ayu,Sugita…みたいに日本人かと思うような名前の人もいる(そんな私もネシア人ぽいらしいけどね。)。
・有名な日本の街
有名な日本の街と言えばやっぱり東京だろう。秋葉原や原宿、新宿、銀座なんかは学生たちの憧れだ。伝統文化が好きな学生なら京都、特に金閣寺が人気。それから大阪や札幌や沖縄へと続く。忍者が好きで三重の伊賀へ行きたいというかなり珍しい意見もあったけれど、残念ながらわが地元名古屋の人気は低い。名大や南山や中部大など、交換留学やゼミの研修などで耳にする機会は多いはずなんだけどなぁ。それから、忘れてはいけないのが広島、長崎。終戦のきっかけとなった原爆が投下され、それによってインドネシアが独立できたから、この国で知らない人はいない。向かいの家に住んでる兄ちゃんたちに初めて会った時も「こんにちは〜ヒロシマ・ナガサキ」って握手を求められた。別にイヤミとかそういう意味で言ったわけではないと思うけど。戦争と言えば、この街にもその頃の面影が感じられるものがある。戦時中に作られた防空壕だ。私はまだ見たことがないけど、インドネシアの若者はこれを見て何を感じるのだろうか。

コメント

広島、長崎への原爆投下

日本の町の中で、広島・長崎が有名と聞き驚きました。
一応、彼らの歴史・社会科教科書で触れられている町ではありますけど。

これからも時々拝見しにきます。
それから、トラックバックさせていただきました。

コメントありがとうございます。
そうですね〜私もびっくりしました。でもやっぱり独立記念日とか、歴史を大事にするインドネシア国民にとってはヒロシマ・ナガサキも重要な場所なんでしょうね。
  • 2008/08/12
  • qianhui #d6M13SuE
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インドネシア人の投書:日本への原爆投下

インドネシア紙「Suara Merdeka」の投書に、広島・長崎の原爆投下について書かれた記事がありましたので、訳出のうえご紹介したいと思います。 ・Perdamaian(2008年7月22日付けの記事) http://www.suaramerdeka.com/smcetak/index.php?fuseaction=beritacetak.detailbe
  • 2008/07/26
  • 私の好きなインドネシア
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